再び、シンデレラとカボチャの煮付け 3
棘の国の城下町に来てから二日目。私達はエミル宛の書状に従ってお城を訪れていた。
少し前まで棘に捕らわれていて、百年もの眠りについていたというお城だけど、今ではそれを感じさせること無く、綺麗に掃除されて清潔感漂う内装となっている。
客室に通された私達は、少しの間ソファーに腰を下ろしてお姫様が来るのを待っている。ちなみに私は白雪姫さんの鏡の国の時と同じように、エミルの付き人という形をとっていた。
前も思ったけど、私が今着ている正装というのは綺麗すぎてどうも動きにくい。王族や貴族の人達はこんな服をしょっちゅう来ていてよく肩がこらないものだと感心してしまう。きっと今の私は服に着られているという言葉がピッタリの格好をしているのだろう。
一方隣に座っているエミルに目をやると、当り前だけど様になっている。エミルの場合ルックスが良いから、正装だろうと旅姿だろうと格好良くなってしまうのだけど、こうして並んでいると余計に浮いてしまうのではないかと不安になる。
すると私の視線に気づいたエミルが話しかけてくる。
「落ち着かないみたいだけど、緊張してるの?」
「そんなこと無いよ。ただ、こういう所に私は場違いだなって思って」
「そうでもないと思うけどな。厨房に入る話は僕が頼んでみるから、君は気にせずにリラックスしてると良いよ」
そう言われても。はいそうですかと答えられるほどの余裕は私には無い。
そんな話をしていると部屋のドアが開き、私達はすぐさまソファーから立ち上がり姿勢を正す。
ドアの向こうから入って来たのは黒い服を着た数人の男性。そしてさらにその後ろから、一人の女性が入ってきた。
(綺麗な人だなあ)
一目見て私はそう思った。百年も眠っていたと言うけれど、その間はおそらく歳はとっていなかったのだろう。まだあどけなさの残る整った顔立ちに、黄金色のふんわりとした髪。思わず見とれていると、彼女はにっこりと微笑みかけてきた。
「遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。私はこの国の王女、棘姫です」
やっぱりこの人が王女様なんだ。かもし出す優雅さや溢れ出る気品からそうだろうとは思っていた。白雪姫さんもそうだったけど、お姫様というのはみんな綺麗で品があって、見ているだけで圧倒されてしまう。
エミルはというと、そんな棘姫さんを前にしても柔らかな姿勢を崩さずに笑みを返している。
「はじめまして。ガラスの国の第三王子のエミルです。お会いできて光栄です」
そう言って手を差し伸べ、二人は握手を交わす。こうやって二人して並ぶと、非常に華やかで絵になる。本来エミルの隣にいるべきなのは服も似合わないような私じゃなく、棘姫さんのような人なのだろうな。
そう考えると少し心が痛んだけど、それを顔に出すことなく、私は二人の様子を見守る。エミルは棘姫さんとしばらく話をした後、用意してあるという部屋に通されることになった。
「せっかくお越しいただいたのですから、心いくまでこの国を満喫してください。私達にできることなら何なりとしますので、遠慮無くおっしゃってくださいね」
「お心遣い感謝します。それで、さっそくで悪いのですが、彼女にこの城の厨房を見せて頂けないでしょうか」
「厨房ですか?」
棘姫さんはキョトンとした顔をし、私は慌てて前に出て頭を下げた。
「はじめまして。私はシンデレラと申します」
「彼女は今は僕の付き人をやっていますが、本当は料理人志望なんです。それで美食の国と名高いこの国の料理を学ばせてあげたいと思っているんです」
「料理人志望?貴女が?」
棘姫さんはまじまじと私を見る。いきなりこんなお願いをして、おかしな人だと思われているんじゃないだろうか。
棘姫さんはしばらくそうしていたけど、やがて傍にいたお付きの人に何かを伝え、再び私の方を見た。
「分かりました。厨房の件はこちらで手配しておきますので、後で案内しますわ。棘の国の料理を存分に学んで行って下さいね」
「本当ですか。ありがとうございます」
深々と頭を下げる。そんな私を見て、棘姫さんはもう一度微笑む。
「貴女の部屋も用意してありますから、まずはゆっくり休んでくださいね。お部屋まで案内しますわ」
そう言われて私とエミルは客間を出て、それぞれの部屋へと案内される。驚いた事に案内役は棘姫さん本人で、私とエミルは長い廊下を、彼女の後について歩いて行く。
それにしても、厨房に入る許可が下りそうで良かった。笑みを浮かべながら歩いていると、そっとエミルが囁いてくる。
「良かったね、シンデレラ。これで料理の勉強ができるね」
「うん。エミルが頼んでくれたおかげよ。ありがとう」
「僕は大したことはしてないよ。ただ、君は料理の事になるとたまに暴走しちゃうから、それだけは気を付けてね」
「暴走?そうかなあ、たまに我を忘れることはあるけど、そんなに頻繁にやってるわけじゃないでしょ」
確かにハーメルンの街で料理の作れない辛さを語ってみんなをドン引きさせたことはあった。赤ずきんや紫ずきんさんの家では、ヤギ汁にマヨネーズを大量投下したオオカミ相手にお説教をしたこともあった。親子丼を作るためにニワトリさんに卵を何個も産んでもらうよう頼んだこともあったし、ラプンツェルと塔にいた時はゴーテルさんに見つかる事を失念して、冷蔵庫に堂々と作りかけのフレンチトーストを置いていたこともあった。この前は毒リンゴも食べたっけ。けどまあそれくらいだ。エミルの言うように暴走するなんてことはそうそうないだろう。
「いや、十分に可能性あるから。むしろどうしてそれで大丈夫と思えるかが不思議だ」
「そんな、酷いよ」
結局エミルから言動には気を付けるよう注意されてしまった。そんな話をしながら歩いていると、前を歩く棘姫さんが一つの部屋の前で足を止めた。
「ここがエミル様のお部屋になっています。シンデレラさんの部屋はもう少し先ですわ」
「わざわざ案内ありがとうございます」
そう言ってエミルは頭を下げ、部屋の戸を開ける。
「じゃあね、シンデレラ。くれぐれも粗相が無いように」
別れ際にそう言い、エミルは部屋の中へと入っていく。そして廊下に残された私と棘姫さんは、次の部屋に向かって歩き出す。
二人して廊下を歩いていると、ふと棘姫さんが声をかけてきた。
「つかぬことをお伺いしますが、シンデレラさんはエミル様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
「え?エミルとですか?」
私は答えに困ってしまった。普段なら旅仲間か友達と答えるところだけど、今はエミルの付き人ってことになっているから、そう答えた方が良いのかな。
「付き人です。一応」
迷った挙句そう答える。だけどそれを聞いた棘姫さんの目が光った。
「一応?という事は、ただの主従の関係というわけではないのでしょうか。もしかして、プライベートでも懇意にされているとか?」
まるで見透かされているようなその言葉にドキッとした。別にやましい事があるわけじゃないけど、何とも落ち着かない気分だ。
「それなりに仲はいいとは思いますが……あの、どうしてそう思われたのですか?」
「そりゃあただの付き人の為に、わざわざ厨房を見せてくれなんて普通は頼みませんから。それに先ほど話していた時、貴女はエミルさんの事を呼び捨てにしていましたよね」
「それは、エミルがその方が良いって言ったからです」
「ならやっぱり仲が良いんですね。わざわざそう頼むってことは、貴女と同じ目線に立ちたいという意思の表れなのでしょうから」
にっこりと笑う棘姫さん。だけど私は、彼女の意図が分からずに混乱していた。
相手は一国のお姫様なのだ。もしも私が何か不用意な発言をしてしまったら、主の立場にあるエミルに、何か迷惑が掛かってしまうかもしれない。エミルからは料理の事で暴走しないようにと注意されたけど、当然料理以外の事でも失礼などあってはならない。だけどこの場合、何と答えるのが正解なのだろう。
中々返事が出来ずにいると、棘姫さんはクスリと笑った。
「もしもあなた達が私の思っているような関係だったとしたら、見過ごすわけにはまいりませんね」
「え、それってどういうことですか?」
「さあ、どういう事でしょうね?」
聞き返したけど、笑って誤魔化されるばかり。いよいよどうしていいか分からなくなっていると、不意に棘姫さんが足を止めた。
「ここが貴女のお部屋になります」
見るとすぐ横に扉がある。どうやら話しているうちに部屋についてしまったようだ。
「わ、わざわざご案内ありがとうございました」
そう言って一礼したけど、内心はさっきの話の事ばかり気になっていた。棘姫さんはいったい何を思っているのだろうか。
だけど一度はぐらかされてしまったからには、これ以上聞くのは難しい。仕方なく私はこの事を深く考えないこととし、部屋に足を踏み入れる。だけどその瞬間、背中越しに棘姫さんが言ってきた。
「シンデレラさん、貴女はエミル様の事がお好きですか?」
「ふえっ?」
思わず変な声を出してしまった。
そりゃあ好きか嫌いかで言われたら、ものすごく好きだと断言できる。料理を作る事と同じくらい好きだと言っても過言ではない。
だけどやっぱり、正直に『はい』と答えて良いのだろうか?そもそも棘姫さんは、なぜこんな事を聞いてきたのか。恐る恐る後ろを振り返ると、棘姫さんはじっと私を見つめていた。だけど急に、その表情は穏やかなものへと変わる。
「ごめんなさいね、おかしなことを聞いて。少し気になっただけですから、お気になさらなず、ゆっくり休んでくださいね」
「は、はい」、
そう言って逃げるように部屋の中へと入りドアを閉める。
私が去った後の廊下には、棘姫さんが一人残される。彼女は何かを考えるようにドアを見つめていたけど、やがて呟いた。
「これは少し、様子を見た方が良さそうですね」
棘姫さんがそう言った事も、何を考えているのかも。今の私に知る術などなかったのである
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