再び、シンデレラとカボチャの煮付け 2

 棘の国。私達の故郷のガラスの国と並ぶ、グリム大陸の中でも屈指の大国で、別名美食の国とも言われている。

 鏡の国を旅立ってから数日後、私達はこの棘の国の城下町へと足を踏み入れていた。

 辺りを見回すと、町のいたるところに屋台や飲食店が軒を連ね、鼻腔をくすぐる良い香りがあちこちから漂ってきている。


「さすが美食の国と言われているだけはあるわね。飲食店の数だけを見ても、今まで旅してきたどの国よりも多いわ」

 隣を歩くエミルにそう言ったのだけど、聞こえていなかったのか返事が返ってこない。

「エミル?」

 名前を呼んでみたけど、相変わらず反応は無し。エミルは何だか私の話なんて上の空と言った様子で、ただ道の先を眺めていた。


「エミル、エミル!エーミル!」

「え、ゴメン。何て言ったの?」

 度重なる呼びかけでようやくこっちを振り向いてくれた。

「大した話じゃないけど、大丈夫?エミル、何だか最近様子が変よ」

「そうかな?自分ではよく分からないや」

 力の無い声で返事をするエミル。自覚は無いようだけど、最近のエミルは明らかにどこかがおかしい。変に態度がよそよそしかったり、さっきみたいにボーっとしていることが多かったり、とてもじゃないけど普通とは思えない。

「ねえ、もし体の調子が悪いのならすぐに言ってね。もしかしたら疲れがたまっているのかも」

「大丈夫だと思う。僕はいたって健康だよ」

 そう返されたものの、とてもそうとは思えない。けど、エミルがそう言っている以上深く追求することもできないし。


(おかしいと思うんだけどな。エミルがこうなったのって、いつからだったっけ?)

 記憶を遡り、そしてすぐに思い当たった。何のことは無い、鏡の国で私が毒リンゴを食べた……もといエミルに好きだと言われた少し後からだ。

 あの後エミルは今まで通りでいようと言ってきたから私はその通りにしてきたけど、言いだしたエミルの方が態度がおかしくなっている。

 けど、もしかしたらエミルのようになるのが普通なのかもしれない。告白した相手と一緒にいるなんて、普通ならやっぱり意識してもおかしくない。

 なら私はどうして平常心でいられるかって?答えは簡単、実はここ最近、美食の国で料理を学べることが嬉しくて、思考が色恋から料理にシフトしてしまったからである。

 好きな男の子がすぐ隣にいて、しかも告白されてからまだ日が浅いというのに女の子としてどうなんだという自覚はある。けどまあエミルも告白の事は忘れて今まで通りでって言っていたし、間違ってはいないよね。

 けれどエミルのことはやっぱり少し心配だ。もし私と一緒にいて気まずいのだとして、そんな状態が続いているとなると疲れてしまうだろう。かと言って良い解決策があるわけでも無いし……

 どうしようかと悩んでいると、ふと一軒の屋台が目に飛び込んできた。アレはアイスクリーム屋だ。


「そうだ、ちょっとアイスでも食べて休憩しない。エミル、やっぱりちょっと疲れてるでしょ」

「いや、別に疲れてはいないけど」

 半ば予想通りの答え。だけど今日の私はこれくらいじゃ引き下がらない。ちょっと強引だけど、エミルの手を引っ張ってアイスクリーム屋に向かう。

「ちょっと、シンデレラ?」

「あんまり気を張ってばかりだといつか倒れちゃうよ。もう少しリラックスしないと」

 原因は私にあるようだから偉そうなことは言えないけど。けど、エミルがあの時の事を気にしているのだとしたら、もしかしたらその原因は私が上手く『今まで通り』をやれていないからかもしれない。

 今までどうやってエミルと接してきたか。考えてみてもよく分からないけど、エミルが浮かない顔をしているのなら、私は精一杯彼を笑顔にしたい。その為に思いついた手段が甘いアイスを食べるだなんて単純だとは思うけど、まずはできることからやってみよう。

 私は屋台のおじさんにバニラアイスを二つ注文する。ほどなくしてカップに入ったアイスを受け取り、そのうち一つを今度はエミルに手渡す。


「はい、甘くておいしいよ。溶けないうちに食べちゃおう」

「うん、そうだね」

 アイスを受け取ったエミルは、それをゆっくりと口に運ぶ。私も一口食べてみたけど、その甘さと冷たさで、ここまで歩いてきた疲れが無くなっていくようだった。

 屋台の横に設置されていたベンチに二人して座りる。私はアイスを食べながら、思い切ってエミルに聞いてみた。


「ねえ、最近エミルが元気無いのって、やっぱり私のせい?」

「そうじゃないよ。そもそも元気が無いってわけじゃないし」

「嘘。そんなの、態度を見ればわかるよ。どれだけ一緒にいると思っているの?」

 私の言葉にエミルは黙ってしまう。私もしばらく何も言わずにいると、やがてエミルが諦めたように言ってきた。

「君にはかなわないな。けど、本当に君のせいってわけじゃないから。実は鏡の国を出るくらいに、本国から書状が届いてね。面倒なことが書いてあったんだ」

 え、そうだったの?それじゃあ本当に私は関係なさそうだ。それなのに勝手に意識されていると思ってしまった。自分のバカさ加減に赤面しつつも、それを誤魔化すように質問する。


「面倒な事って、いったい何が書いてあったの?」

「それは、まあ。ちょっと言い難い事。けど大丈夫、間違っても君に迷惑はかけないから」

 エミルはそう言ったけど、なんだか怪しい。だって具体的な事は何も言ってくれてないもの。これは何かありそうだ。私はアイスをベンチに置いてエミルを見つめる


「エミル、何か隠してない?」

「そんなこと無いけど、どうしてそう思うの?」

「女の勘、かな?本当にいったい何があったの?」

 追及するとエミルは諦めたように溜息をついた。

「それじゃあ白状するけど、実はこの国のお姫様に会うように言われてるんだ」

「お姫さまって、百年の間眠っていたって言うあのお姫様?」

「そう。鏡の国で白雪姫に挨拶しに行った時もそうだったけど、堅苦しいのは苦手なんだよね」

 憂鬱そうな顔をするエミル。白雪姫さんの時は途中からとんでもない事になったけど、本来なら国同士の関係が絡んできて色々と気疲れしそうだ。エミルは王子様なのだから仕方がないかもしれないけど、それでもやっぱり同情する。


「しかも今回の件は強く言われているから、無視することもできない。けど、もしお城に顔を出したらきっとVIP扱いを受けるだろうから、そうすると今までやってきたような自由な行動は取りにくくなるんだ」

「ええと、つまりどういう事?」

「泊まる場所も自分では選べずに、出来る事も限られる。もしかしたらこの国にいる間はお城で寝泊まりすることになるかも。更には同行者である君の行動にも制限が掛かって、料理修行の妨げになるかもしれな」

「そんな!」

 一瞬目の前が真っ暗になった。酷いよ、せっかく楽しみにしてたのに。あんまりな事実に固まっていると、エミルが慌てて言ってくる。


「そうならないように頑張るから。何ならお城の厨房で働かせてもらえるよう、僕からお姫様に頼んでも良い」

「本当?」

 さっきとは打って変わって、私は笑顔になる。お城の厨房に入るのなんて、最初にエミルと会った時以来だ。

 あの時も貴重な体験ができて良かったけど、今度は美食の国のお城の厨房だ。私は嬉しさのあまり思わず両手でエミルの手を握った。

「ありがとうエミル。迷惑どころか、すごく嬉しいわ。またお城の厨房に入れるだなんて思わなかった」

「喜ぶのはまだ早いよ。まだできると決まったわけじゃないから」

 そういえばそうか。でもそうなるように配慮してくれるエミルの心遣いだけでもとても嬉しい。

「それでもだよ。本当に感謝してるよ」

「大げさだよ、僕が好きでやっているだけなんだから」

 そう言ってエミルは空いているもう片方の手を伸ばしてくる。きっとまた頭を撫でるつもりだろう。エミルはよく、私の頭を撫でてくるからなあ。

 そう思っていたけど、手が頭に触れる直前にエミルの動きが止まった。


「ごめん、こういうのはやめた方が良いよね」

 そう言って伸ばしていた手を引っ込めてしまった。けど、なぜ急に止めたのかが私にはよく分からない。

「別に嫌じゃないけど」

 そう答える私を、エミルはキョトンとした顔で見る。

「嫌じゃないって、僕が何をしようとしたか分かってる?」

「え?頭を撫でようとしたんじゃないの?」

「それはそうだけど。嫌でしょ、そんなことされたら」

「どうして?」

 だいたい今までだってエミルに頭を撫でられたことは何回もあるし、嫌ならとっくにそう言っている。なのにどうして今回に限ってそんな事を気にするのかが分からなかった。


「今までだって普通にやってたじゃない。別にエミルの頭撫でられても平気だよ」

 するとエミルは、今度は何故か自分の頭を置おさえだした。

「君の基準が分からない。そりゃあ前までは良かったかもしれないけど、僕は君に……フラレテルンダシ」

「え、なに?」

 口ごもっていて最後の方がよく聞こえなかった。だけどエミルはそれには答えてくれず、目を逸らすように顔を背けた。


「とにかく、今後は僕も節度を持って接するから、君も不用意な発言は控えてくれるかな。でないと変に期待しちゃうから」

「う、うん。分かった」

 エミルの言っていることはさっぱりだったけど、とりあえず返事だけはしてみた。不用意な発言ってどういう事だろう?変な事を言った覚えは無いんだけどなあ。

 少しの間考えていたけど、置いたままになっていたアイスの事を思いだした。

「いけない、早く食べないとアイスが溶けちゃうわ」

 見るとエミルのアイスも同じようにベンチの上で溶けかかっている。私達はアイスを手にすると慌てて食べ始める。冷たさもだいぶ和らいでいたから、アイスクリーム頭痛を起こすことは無かったけど、隣でアイスを食べるエミルを見ながらふと思った。


(エミルの様子が変だったのって、本当にお姫様に会うのが面倒だったからだけなのかな?)

 途中で話が料理の話題に移ったから気が付かなかったけど、今にして思えばそれだけのことであんなに元気が無くなっちゃうものかな?

 いっそもう一度聞いてみようかと思ったけど、エミルのことだ。もし他に何かあるとしたら、さっきはわざと話をそらすために料理の話題を出したのだろう。だとするとここで聞いたとしても素直に話してくれるとは思えない。


 それに話していて思ったけど、何だかエミルと距離を感じる気がしてならない。考えてみればそれもちょっとおかしい。今まで通りでいようとは言われたものの、私は告白されたんだよね。

 よくは知らないけど、普通告白されて気持ちが通じ合えば距離は縮まるものではないのだろうか。

 疑問に思ったけど、告白の事は忘れるよう言われている以上、これも尋ねるわけにはいかない。結局私は何も聞くことができず、スッキリしない想いだけが残った。

 どうやらこれらの疑問は、アイスクリームのように簡単には溶けないようである。

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