最終章開幕

再び、シンデレラとカボチャの煮付け 1

 朝、もう起きる時間だと思った私は、ベッドから上半身を起こした。

 と言っても実際はだいぶ前に目覚めていたけど。昨夜はなかなか寝付くことが出来ずに、今日も早くに目が覚めてしまっていたのだ。

 その原因はやはり、昨日のエミルの告白にある。

 毒リンゴを食べて眠っていた私に、キスをして起こしてくれたエミル。そしてその後告げられた、私のことが好きだということ。

 そのせいで朝から…いや、正確には昨日の夕方から頭の中はいっぱいいっぱいだった。

 一晩経てば少しは落ち着くかなと思っていたけどそんな事は全然無く、胸に手を当てると心臓が強く波打っているのが分かる。そんな中、エミルの言葉を思い出して改めて思う。


(嬉しいなあ♡)


 今まで料理のことしか頭に無かった私だけど、告白されたことがこんなにも嬉しいだなんて。

 城下町にいたころよく話をしていた花屋さんが、料理も良いけど少しは女の子らしく恋をしろと言っていた理由が今ならわかる。今の嬉しさは、前に東の国のレシピ本をセットで手に入れた時に匹敵するくらいだ。


(昨日は突然の事で混乱して話もできなかったけど、やっぱりエミルには早く返事をした方が良いよね。あれ、でも返事ってどうすればいいんだっけ?好きだとは言われたけど交際を申し込まれたわけじゃないし、私も好きだよって言えば良いのかな?)

 私は起きることも忘れてベッドの上で手足をバタつかせる。両想いになるって、こんなにも幸せな事だったのかと思い、胸の高鳴りを押さえることができない。

 ああ、なんだかこのままではおかしくなってしまいそう。熱々の紅茶かコーヒーでも飲んで気分を落ち着かせた方がいいのかな。

 そんな事を考えていると、不意に部屋のドアがコンコンとノックされた。


「だれ?」

「僕だけど、ちょっと話をしても良いかな?」

 ドア越しに聞こえてきたのはエミルの声。でもちょっと待って。起きたばかりで髪もとかしてないし、こんな格好じゃとても会えないや。けどここで追い返すわけにもいかないし。


「話は聞くわ。けど、ドアは絶対に開けないで」

 そう返事をしてから、ベッドを下りてドアの前に立ち、ドア一枚を隔てた所にいるエミルの言葉を待つ。

「昨日は本当にごめん、突然あんなことを言って。けど、どうか怒らないで聞いてほしい」

 真剣なエミルの声。だけどいったい何を言っているのだろう?怒るだなんてとんでもない、むしろこの上なく嬉しいのに。

 疑問に思ったけどそれには追求せず、そのまま話を聞くことにする。

「君の気持ちはよく分かったよ。君が迷惑だって言うなら、僕はすぐにでも旅をやめるつもりでいる」

 えっ、いきなり何を言ってるの?旅をやめるって、どうして急にそんな話になっちゃうの?私は慌ててドアの先に向けて言った。


「何を言っているの?別に迷惑じゃないよ。エミルさえ良ければ、一緒に旅を続けよう」

「良いの?もし僕に気を使っているのなら、無理しなくても良いよ」

 だからそんなこと無いのに。昨日の今日でどうしてこんな事になっているのかは分からないけど、この状況が良くないという事だけは分かる。だから何とかして引き留めようと、私はありったけの気持ちをぶつける。

「せっかくここまで二人で来たんだもの。今更嫌だなんて思わないよ。それに、今度行く国で旅は終わりなんだから、最後まで一緒に行こう」

 すると今度はエミルがホッとしたような声を出す。

「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ。それと、昨日僕が言った事は忘れて。君とは、今まで通りの関係でいたいから」


 え、忘れなきゃいけないの?

 もしかしたら付き合ってほしいって言われるかもと甘い期待をしていたから、少し落胆してしまう。

 これはいったいどういう事だろう?何だかさっきから話がかみ合っていないような気がする。けど、エミルは私の気持ちは分かってるって言っていたし。ちゃんと私もエミルの事が好きだって知ってて言ってるってことだよね。という事は……ああ、そう言う事か。

 私は一つの結論を出し、その上で返事をした。

「エミルがそう言うなら、私も今まで通りでいるね」

 おそらくエミルは料理の修業中の私に気を使って、今まで通りの関係でいようと言ってくれたのだろう。恋にうつつを抜かしているようでは修行に身が入らない。きっとそうならないように、エミルなりに配慮してくれたのだろう。

 好きだと言ってもらえて浮かれていた私としては少し拍子抜けだったけど、そんな事を考えてしまうあたり、料理に身が入らなくなる危険はある。だからここはエミルの言う通り、今まで通りの関係でいた方が良いだろう。そういった話は、修業が終わるまでお預けというわけだ。

 それにしても、料理修業の事にまで気遣ってくれるなんて、エミルは優しいなあ。


 そんな風に一人で納得していると、ドアの向こうのエミルが話してくる。

「ありがとう。僕はいったん自分の部屋に戻るけど、後でこれからの事も話そう。数日後にこの国から離れるから、今日のうちに旅のコースをもう一度検討しておきたい」

「分かったわ。それじゃあ、朝ご飯がすんだらまた会いましょう」

「うん、それじゃあまた」

 そう言うと、ドアの向こうにあった気配が遠ざかって行く。私は少ししてからドアを開けてみて、エミルがいないのを確認してから息をついた。

 正直かなり緊張していた。こんな事でエミルの言う通り今まで通りでいられるだろうか。少し不安になってしまうけど、ああ言われた以上は普通でいられるように頑張らなくっちゃ。でないと料理修業の事まで気にかけてくれたエミルに申し訳無い。

 後で会う時はちゃんと平常心でいないと、これからの旅にも支障をきたしてしまうだろう。


 次の旅は何としても無事に済ませたい。何しろ今度行く予定の国は美食の国とも言われている、グリム大陸きってのグルメ王国なのだ。

 そしてその国にはある言い伝えがある。今から百年ほど前に、悪い魔女によって呪いをかけられ、お姫様をはじめ、国を治める王族がみんなお城で眠らされてしまったという、なんとも嫌な話だ。更にはお城が大量の棘で閉ざされてしまい、誰も中には入れなくなってしまったという話だ。

 しかし少し前に、その呪いが解けたと言いうニュースが大陸中を駆け巡った。

 お城を蔽っていた棘が全て消え、百年もの間眠っていたお城の人達、お姫様や王様が目を覚ましたそうで、今は国を挙げてのお祭り騒ぎの最中だと聞いている。

 お城が閉ざされている百年の間に、残されたその国の民は売りであった料理の研究を続け、いつかお姫様達が目覚めた時に最高の料理が振る舞えるよう、とにかく料理に力を入れていたと聞く。


 そうした経緯の元、その国は料理人を志すも者に聖地と崇められていた。その国の名前は棘の国。私達の旅の最後の目的地だ。

 いったいそこではどんな料理があるんだろう?噂では遠い東の国の料理も、そこに行けば食べることができると聞く。きっと珍しいレシピや食材も沢山あるんだろうな。

 想像するとなんだか楽しくなってきた。棘の国でもしっかりと勉強をして、エミルにも料理を食べてもらいたい。期待に胸を膨らませながら、私はひとまず髪をとかすために洗面所へと向かった。



                ◆◇◆◇◆◇◆◇



 シンデレラと話をした後、僕、エミルは自分の部屋へと戻ってきた。胸に手を当てると、今でも心臓がバクバクと強い鼓動をうっている。

 少し話をしただけでこの有様だなんて、我ながら情けない。だけどシンデレラが一緒に旅をしても良いと言ってくれたことにはホッとした。


 何せ昨日フラれたばかりなのだ。それなのに性懲りもなくまた旅をしたいなんてお願いして、気持ち悪いと思われないかとかなりビクビクしていた。

 図々しい頼みだったという自覚はあるけど、自ら進んで毒リンゴを食べちゃうようなシンデレラを一人で旅に行かせるのはどうしても心配だった。

 それに、元々旅に同行すると言い出したのは僕なのだ。それなのにフラれたからと言って途中で投げ出してしまってはあまりに無責任。

 正直気持はだいぶ複雑だけど、こんな僕に一緒に行くことを許してくれたシンデレラの優しさには感謝しないといけないな。

 さっき話した感じでは、何だかあんまり嫌われたようには思えなかったけど、きっとそれも彼女が気を使ってくれたのだろう。


 告白の事は忘れて今まで通りの関係でいようとは言ったけど、全て元のままというわけにはいかない。やっぱり多少はギクシャクしてしまうだろうし、今までしていたようなアプローチも、もうするわけにはいかない。

 シンデレラが傍にいるのに距離を置かなければならないというのは辛いけど、それも仕方のないこと。

 無事に旅を終わらせて、国に帰ってからは約束通り彼女がお店を開くための支援をする。だけどそれ以上の深入りは決してしてはいけない。

 ビジネスパートナーとして接するならともかく、彼女のプライベートには関わらないようにするつもりだ。


 それがシンデレラの事を好きになり、彼女の力になろうとして、そしてフラれた僕のケジメというものだ。未練が無いと言ったら嘘になるけど、気持ちの整理はこれからつけていくとしよう。


「大丈夫、きっと上手くやれるさ」


 僕は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

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