シンデレラと毒リンゴ 15
キスって、口づけの事?
いやいや、そんなはずは無いだろう。だけどこんなタイミングでエミルが嘘や冗談を言うわけは無いし。そうなると、もしかして……
「キスって、鱚の天ぷらの事?実は眠りを覚ます効果もあったとか」
「違うから。だいたい、眠っていたら食べられないって言ったのはシンデレラだよ」
そう言えばそうだった。でも、鱚の天ぷらの事じゃないとしたらつまり……
「本来言われている対処法。口づけをすることで呪いを解いた」
目を逸らし、頬を赤く染めながらエミルは言い難そうにそう答えた。うん、私も薄々そうじゃないかとは思っていたよ。
「ど、どうしてキスなの?何で掃除機は使わなかったの?」
動揺しながらそう尋ねると、エミルは深々と頭を下げてきた。
「ごめん。僕も迷ったんだけど、もしあの場で掃除気を使ったら、たぶん白雪姫も同じ方法で起こしたことがバレると思うんだ。そしたらきっと面倒なことになると思ったから」
確かにエミルの言う通り、真実を知った白雪姫さんが平常心でいられるとは思えない。最悪やっぱり営業停止なんてことになったとしても不思議じゃないかも。
そうなると私がした事が無駄になっちゃうわけだし、エミルの判断は正しかったのかも。けどそれはそれとして、一つ気になる事がある。
「それで、キスをしてくれたのは誰なの?」
その人とのキスの現場をエミルにも見られたってことだよね。人工呼吸みたいなものだから掃除機を口に入れられたのを見られるよりは良いかもしれないけど、気にするなという方が無茶だ。
やっぱり相手はお城勤めのお医者さんあたりかな?そんな風に考えていると、エミルがまたも言い難そうに口を開いた。
「……僕だよ」
「……えっ?」
ストップ、ちょっと整理させて。私はキスをしてくれたのは誰かって聞いたんだよね。その質問にエミルは僕だって答えた。それって―――
(エミルが私にキスしたってことじゃない―――!)
思わず口元をおさえる。すると、手を放した拍子に頭からかぶっていた毛布がずり落ちた。
そうして広くなった視界に、同じように口元をおさえながら申し訳なさそうにしているエミルがいる。
「ごめん、何か別の方法を探すべきだった。やっぱり嫌だよね、こんな事されて」
「そ、そんなこと無いよ。私は全然平気だよ」
本当は平気じゃないけど。ただしそれは嫌というわけじゃなく、相手がエミルだったことが嬉しすぎて冷静でいられないという意味。
不謹慎だけど毒リンゴを食べて良かったとちょっとだけ思ったりして……ダメだ、そんな風に思っちゃいけない。これじゃあキス目当てで毒リンゴを食べた白雪姫さんの事を笑えないや。
高鳴る心臓と熱くなる頭を無理やり静めながら、私はどうにか平然を装う。もしかしたらエミルから見れば動揺しているのがバレバレかもしれないけど。
「でも、エミルこそよかったの?私と……キスなんてしちゃって」
「僕は別に……嫌じゃなかったから」
そうは言うけど、本当は嫌だったに決まってる。だって白雪姫さん相手にもキスをするのに躊躇していたんだよ。なのに私とキスしなければならないなんて、きっと嫌々やったに違いない。私は良いけど、これではエミルにあまりに申し訳ない。
「ほんっっっっっとうにゴメン!迷惑かけてばかりで。掃除機を使えば良いとばかり思っていて、深く考えて無かったわ。そうだ、部屋に運んだ後だったら掃除機を使っても良かったかも」
今更こんな事を言ってもどうにもならないけど。それでもそうしていればと思わずにはいられない。
「だから、別に嫌じゃなかったって。そもそも白雪姫が見てなくても、掃除機を使ったかどうかわからないし……」
そこまで言って、エミルは急にバツの悪そうな顔をした。まるで何か言ってはいけない事を、口を滑らせて言ってしまったような、そんな顔。そしてさっきの発言は私も気になった。
「掃除機を使ったか分からないって、どうして?」
まさか、進んで毒リンゴを食べる女なんて眠ったままの方が良いって思ったとか?だとしたらへこむな。だけど次にエミルの口から出てきた言葉は意外なものだった。
「……好きな女の子相手に…そんな事はできないから」
一瞬エミルが何を言っているのか分からなかった。だって、好きな女の子って……
「ああ、友達として好きってことだね」
なんだビックリした。そうだよね、エミルは優しいから、友達の口に掃除機を押し込むなんてできないってことだよね。考えてみれば簡単な事なのに、ずうずうしい勘違いをしてしまった自分が恥ずかしい。
けれどエミルは困ったように言葉を続けた。
「いや、友達としてじゃなく、女の子として君が好きなんだけど」
「……えっ?」
今度こそエミルの言ってる事の意味が分からなかった。女の子として好きって言ってたよね。もしかして私の聞き間違い……じゃないよね、あんなにハッキリ聞こえたし。
「本当はこんな成り行きで言うつもりなんて無かったけど、どうしてこうなっちゃうかな。とにかく、これが掃除機を使わなかった理由。僕の本心だよ」
「えっ――ええッ―――えええええええええっっっ!!!」
思わず頭を抱え込む。エミルの言っていることは理解できたけど、依然混乱は収まらない。何かの間違いなんじゃないかと思ってしまう。
「うそ…だって今までそんな素振りは一度も……」
「いや、僕は結構アピールしてるつもりだったんだけど」
そうなの?全然気が付かなかった!
「い、い、いったいいつから?」
「城で会った時から。君からカボチャの煮つけを貰ったあの時だよ」
それって最初からってことじゃない!
こんな形での告白になった事が恥ずかしいのか、エミルも目を合わせ辛そうにしている。この反応、冗談を言っているようにも見えないし。それじゃあ本当に?
知らされた事実を受け止めきれず、両手で頭を押さえたまま顔を伏せる。
「シンデレラ、僕は……」
エミルが手を伸ばし近づいてくる。だけど私はそんなエミルに――
「近づかないで!」
伸ばしてきたエミルの動きが止まる。私は再び毛布をかぶってエミルに背を向けた。心配してくれているのに本当に悪いと思うけど、今エミルと向き合うわけにはいかなかった。
何故なら状況を理解した途端に顔がほころび……もといニヤついてしまっていていたから。こんな腑抜けた顔、とても恥ずかしくて見せられないよ。
「これ以上こっちに来ないで!」
どうしよう、すごくすごく嬉しい。だけど、だからこそ今のしなりの無い姿を見られるわけにはいかない。
それにしても、エミルが私のことを好きだったなんて―――
「……信じられない」
思わず声が漏れる。しかも初めて会った時から?それじゃあ、一緒に旅をしている間、ずっとって好きだったってこと?
「エミル、今まで私の事をそんな風に思ってたの?」
背を向けたまま、小さな声で問いかける。元々エミルが言い始めた事だからこんな質問に意味は無いのだろうけど。
暫く答えを待っていたけど、エミルは何も答えない。けど、これで良かったかも。質問しておいてなんだけど、今にも心臓が破裂しそうで、もうこれ以上話をする事すらままならない。
本当は幸せいっぱいの思いの丈をすぐにでもエミルにぶつけたいんだけど、生憎私の心臓はそれができるほど丈夫ではないのだ。まずは、気持ちを落ち着かせる時間が欲しい。だから……
「ごめん、一人にさせて。今は、エミルの傍にいたくない」
それを言うのが限界だった。告白されてろくに返事もでしないのは失礼だというのは分かっているけど、どのみちこのままでは気のきいた返事など出来ないだろう。
さっきまで叫んでいた口を閉じ、グッと息を止めると、途端に部屋の中が途端に静かになる。
エミルは何も言わない。沈黙の中、私の胸の鼓動だけがドクドクと大きな音を鳴らしている。
どれくらいそうしていただろうか。ずいぶん長い時間が経ったようにも思えるけど、もしかしたら一分無いくらいの短い時間だったのも知れない。
毛布をかぶって向き合うこともできずにいる私の背中に、エミルの小さい声が届いた。
「……分かった、僕も部屋に戻るよ」
そう言い残して、エミルの気配が遠ざかって行く。パタンとドアが閉まる音が聞こえ、どうやらエミルは出て行ったようだ。
瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁァァ――――――――――!」
一人奇声を発しながらベッドの上で手足をバタつかせる。まさか、まさかエミルが私の事をす……好き……好きだったなんて!
きっと今の私は信じられないくらい緩んだ顔をしているんだろうな。だって…好きな男の子に好きだって言われたんだもの。女の子にとってこれ以上に喜びは無い。
さらによく考えたら、眠っていて意識は無かったとはいえ、エミルにキスまでされていたのだ。いったいこれをどう受け止めれば良いのか。
「うわあああぁぁぁぁぁぁァァ――――――‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
告白とキス。どちらも予想外すぎて、私の頭ではとても処理でいるものではない。普段なら大声を出したら近所迷惑かなと自重するけど、そんな事を気にする余裕も、とっくに無くなってしまっている。
(ダメだ、幸せすぎる)
枕に顔を押し付けて、バタバタと手足を動かしながら、私は一人幸せを嚙み締める。
ついさっきまでは、掃除機を口に突っ込まれた姿を見られたのかと落ち込んでいたけど、今は嬉しさがキャパオーバー中だ。
ベッドの上でのた打ち回りながら、頭の中でエミルの言葉を何度もリピートさせるのだった。
………自分の犯したバカらしい過ちに気付かないまま。
◇◆◇◆◇◆◇◆
自分の部屋に戻った僕は何をするわけでも無く、静かにたたずんでいた。
何をする気も起きない。体は燃えるように熱いのに、頭はまるで水を被ったように冷たく、胸の奥はズキズキと痛んでいる。
どれくらいそうしていただろうか。立ちっぱなしでいることにも疲れ、今度は置かれているベッドに腰を下ろす。部屋の中は相変わらず静かなままで、こうして何もしないでいると、嫌でもさっきのシンデレラとの会話を思い出してしまう。
どうしてこうなってしまったのだろう。本当はこんな勢い任せでなく、もっとロマンチックな場面で気持ちを伝えたかったのだけど。
けどそれでも自身が無いわけじゃなかった。最近のシンデレラの言動を見ていると、もしかして僕を意識してくれてる?なんて思うところもあって、自分の望む答えが返ってくるんじゃないかって思ってた。けど、実際はどうだろう。
混乱するシンデレラを心配して近づいた僕に、彼女はこう言った。
『近づかないで!』
それは明らかに拒絶の言葉。そしてその後、更に彼女は続けた。
『こっちに来ないで』
『信じられない』
『今まで私の事をそんな風に思っていたの?』
『エミルの傍にいたくない』
次々とぶつけられる否定的な言葉に、僕は愕然としていた。
相当怒っているのだろう。シンデレラは僕に背を向けた後は、顔を見せてもくれなかった。
近くにいたくないと言うから部屋を出てきたけど、それもどちらかと言えば自分の為だった。
これ以上そこに留まると、本当に心が壊れてしまいそうだったから。
「…嫌われた、よね」
無理もないか。彼女は今まで、僕が善意で一緒に旅をしてきたと思っていたのだろう。それが実は下心満載で、あげくの果てに目を覚まさせるためとはいえ唇まで奪われたのだ。きっと彼女は今、僕を酷く嫌っている事だろう。
背を向けたまま顔を見せてもくれなかったシンデレラの様子を思い返しながら、僕は後ろに倒れ込み、ベッドに身を預ける。
「……失恋って、思っていたよりもずっと辛いんだな」
力の無い声でそう呟いた。
シンデレラと毒リンゴ 終わり
※甘い展開を期待していた読者の皆様、申し訳ありません<(_ _)>
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