再び、シンデレラとカボチャの煮付け 5

「紫ずきんさんって、あのオオカミの事件の時の」

「そうよ、お師匠様よ」

 私とエミルはそろって声を上げる。紫ずきんさんには少しの間私も弟子入りしたことがあるけど、まさかここでその名前を聞くことになるとは思わなかった。


「何だ?紫ずきんを知っているのかい?」

「はい。私も前に紫ずきんさんに料理を教えてもらったことがあるんです」

「そいつは本当か?という事はあんたと俺は兄妹弟子ってことになるのかな。それで、紫ずきんは元気にしているのか?」

「もう引退されてますけど、今でも料理の研究を続けています。お孫さんの赤ずきんと一緒に元気に暮らしていますよ」

「孫か。そう言えば俺が働いていた頃、孫が生まれたって喜んでいたっけ。今じゃあ可愛い子に育っているだろうな」

 料理長は懐かしそうに目を細める。

 二人は今どうしているだろう。赤ずきんは料理を勉強したいと言っていたけど、あれから練習しているかなあ。


「今度手紙を書いてみるのも良いかもね。あの時は色々あったけど、上手くやっているかなあ」

「それならきっと大丈夫よ。赤ずきんもオオカミの事件の後は素直になれたんだから。きっと今頃紫ずきんさんに料理を習っているはずよ。でも、手紙を書くのは良いかも」

 そう言えば、赤ずきんにエミルとの仲を疑われたりもしたっけ。あの時は知らなかったけど、エミルはそのころから私の事が……好きだったんだよね。

 あんなに前から好意を寄せられていて、それにちっとも気が付いてなかったかと思うと、何だか恥ずかしくなってくる。もしかして赤ずきんはエミルの気持ちに気付いていたのだろうか。だとするとまだ子供なのにそれを見抜いた赤ずきんの鋭さに感心してしまう。私なんて今思い返してもピンと来ないでいるのに。


「シンデレラ、急に表情を変えてどうしたの?」

「え、そんなに変な顔をしてた?」

「変って言うか。急に赤くなったり、かと思えば何だか難しそうな顔をし出したから気になった。大丈夫、ちゃんとどれも可愛かったから」

「かわっ……」

 可愛いなんて前から何度も言ってくれてたけど、意識してしまうととたんに恥ずかしくなる。

 だけどなぜだろう。どういうわけかエミルはしまったと言わんばかりの顔をして、目を逸らしてしまった。

「じゃ、じゃあ僕は棘姫と話があるから。君はもう少しゆっくりしてると良いよ」

 そう言ってエミルは厨房から出て行く。すると残された私に料理長が聞いてきた。


「なあ、姫様に話があるって言ってたけど、あの兄ちゃんはどういう人なんだ?」

「どういう人って、ガラスの国の王子様ですよ」

「は?」

 とたんに料理長の表情が強張る。もしかして、知らなかったの?そう言えば厨房に来た時、私は王子の付き人ですって自己紹介をしたけど、エミルのことは同じく見学者だとしか伝えていなかった気がする。

「あまりに気軽に話してくるもんだから、てっきりあんたと同じ王子のお供だとばかり思ってた」

「お供は私だけですよ。エミルは堅苦しいのは嫌いですし、旅をしている間は身分を隠していたので、ああいう態度に慣れているんですよ」

 そう説明したけど、料理長はまだポカンとしている。今まで話していた相手が王子様だったのだから驚くのも無理は無いだろう。私も似たような事があったから、気持ちはよく分かる。

「どうしよう。俺、失礼な事言って無いよな」

「それは大丈夫ですよ。エミル、そういう事を気にしたりはしないので」

「そ、そうか。だったらいんだけど。なあ、もしかしてあんたも実は、どこかのお姫様だとかいうんじゃないよな」

「まさか。私はただの庶民ですよ」

 そう答えると料理長はホッとした顔になる。


「それにしても、穏やかで気のよさそうな王子様じゃないか。あんな人に目をかけられるなんて、あんたも上手くやったな」

「はい。エミルには本当に感謝しています」

 エミルがいなかったらここまで旅も続けられなかったかもしれないし、こうして厨房に入れたのだって彼のおかげだ。おそらく一生かかっても返せないくらいの恩を受けているだろう。


「けど、王子が良い人そうで安心したよ。うちの姫さんがガラスの国の王子と見合いをするって言うから、どんな人なのかみんな気になっていたけど。あれなら任せても大丈夫そうだな」

「……………え?」

 一瞬、料理長が何を言っているのか分からなかった。

 ちょっと待って、今何て言ったの?意味が理解できずに、ただ混乱する。たしかミアイって言っていたけど、それって……


「あの、ミアイって言うのは、結婚を希望する二人が顔を合わせる、あのお見合いの事ですか?」

「当り前じゃないか。他にどんな見合いがあるって言うんだ?」

 うん、どうやら私の認識は間違っていなかったようだ。だけどまだ確認しなければならないことはいくつかある。

「お見合いをするって、いったいどなたが?」

「そりゃあ、うちの棘姫様がだよ」

「誰と?」

「アンタんとこの王子様と。って、大丈夫か?何だか、焦点が合っていないけど」


 目の前で手を振って反応を窺う料理長。だけど私の思考は今度こそ完全に停止していた。

「お見合い……エミルが……」

 そんな、いったいどういうことなの。エミル、そんなこと一言も言って無かったじゃない。

 何だか頭の中がぐちゃぐちゃになってきて、一気に血の気が引いていく

「もしかして知らなかったのか?大国の王族同士が結婚するかもしれないって。棘の国の将来がかかっているから、城中その話で持ち切りだぞ」

 そんな事を言われても、昨日お城に来たばかりの私には初耳だ。突然突き付けられた事実を受け止めきれず、私は呆然と立ち尽くす。

「アンタ、顔色悪いけど大丈夫か?

「だ、大丈夫です……」

 そうは言ったものの、動揺が治まらない。そんな私を、料理長が心配そうに見てくる。

「なあ、今日はもう休んだ方が良いんじゃないのか。見学は明日でもできるから。あんたも無理をして見学しても、面白くはないだろ」

 料理長の言う通りだ。普段の私ならたとえ熱があろうが伝染病にかかっていようが、地面をはってでも見学を続けただろうけど、今回ばかりはそんな気になれない。

「……そうですね…じゃあそうします」

 私は素直にそう答えた。たとえ見学を続けても、こんな状態ではとても集中することはできないだろう。だってエミルが……お見合いだなんて。

 混乱しながらもお礼を言った後、私は厨房を出て行く。けど、頭の中はぐちゃぐちゃだ。


(お見合い……するんだ)


 さっきから同じことを繰り返し考えるばかり。何だか急に胃が痛くなってきて、胸も苦しくなる。それでもそのまま、フラフラとした足取りで、自分の部屋へと歩いて行く。

 けど、やっぱりダメだ。足取りもおぼつかなくて、普通に歩いているだけなのに足がもつれて転びそうになった。

(あっ、いけない)

 何とか踏みとどまって顔面から床へのダイブはま逃れたけど。踏み止まった状態で、体勢を立て直そうともせず、そのまま動けなくなってしまった。


「……エミル、どうして?」

 お見合いの事がショックで、そして今までそんな大事なことを知らなかったことが非常に悔しくて。そうとも知らずに料理のことばかり考えていた自分のバカさ加減には腹が立ってしまう。


 エミルはどうして何も話してはくれなかったのか。

 だいたい、好きだって言ってくれたのに、どうしてお見合いなんて話になっているのか。もしかして、好きだって言ってくれたアレは冗談……とは思いたくないけど。だったらどうして……


 たくさんの『どうして』が頭の中をぐるぐる回っている。

 最近エミルの様子がなんだかおかしいとは思っていたけど、もしかしてお見合いが原因なの?そもそもエミルはお見合いには乗り気なの、それとも違うの?

 こんなところで一人で悩んでみても、答えなんて出るはずもない。私は再び歩き出したけど、よほど顔色が悪かったのか、途中ですれ違う人は皆、怪訝な顔をして私を見てくる。

 だけどそんな事を気にする余裕も無い。混乱する頭を抱え、重たい足を引きずるように、自分の部屋へと向かうのだった。

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