シンデレラとお菓子の家 3

 草木も眠る真夜中、とある町のとある家に明かりが灯っている。

 中ではこの家の主人と思しき男と、その妻と思しき女が、何やら深刻な顔で話をしていた。


「ねえ、これからどうするつもり。このままじゃ私達は明日食べるパンさえも無くなってしまうわよ」


 妻は悲痛な目で夫に訴えかける。これは決して大げさな事を言っているわけではない。ここのところ食料の高価が続き、さらに不景気のあおりを受けて夫が職を追われてしまっていたのだ。

 夫は妻と目を合わせないまま、絞り出すように言った。


「お前達には本当に済まないと思ってる。俺がリストラされたばっかりに、稼ぎがないんだから」

「その事は仕方ないわ。リストラはされたくてなったわけじゃ無いし。けど問題はこれからよ。今のままじゃとても家族四人で食べてはいけないわ」


 夫婦二人だけならまだ何とかなるかもしれない。だけどこの家には二人の子供がいた。食べ盛りの兄と妹で、この兄妹の養育費が、今の夫婦の最大の問題になっている。

 きっと妻は家計の苦しさのせいでおかしくなっていたのだろう。夫にとんでもない事を提案した。


「こうなったら、明日森の奥に、あの子たちを捨ててきましょう」

「お前、本気で言ってるのか?」

「だって、そうするしかないじゃない。このままじゃどの道食べるものも無くなって路頭に迷うのよ」

「それは……」


 夫の声が弱くなる。元々自分が職を追われたせいで家計が苦しくなってしまったという罪悪感から、どうしても弱腰になってしまう。


「私だって本当はこんなことやりたくないわ。けど、全員で路頭に迷うより、二人で何とかやって行った方が良いでしょ。それに、あの子達にとってもそっちの方が良いかもしれないわよ。このままろくに物も食べれない家にいるよりも。もしかしたら親切な人に拾われて幸せに暮らせるかもしれないわ」


 そんな都合のいい話は無いと言う事は少し考えればわかるだろう。けれど妻はまるで本気でそう思っているかのように言った。

 おそらく今の妻に何を言ってもまともに聞いてはくれないだろう。夫は黙り込み、重い沈黙の時間が流れたが、夫の一言がそれを破った。


「分かった。お前の言う通り、明日あの子たちを森の奥に捨ててこよう」


 罪悪感に満ちた、苦渋の決断だった。妻の方も頷きはしたけど、決して笑ってはいない。

 そして二人は気づいていなかった。もうすでに眠っていると思っていた二人の子供が、ドアの向こうから自分たちの話をこっそり聞いていたことに。

 両親の話を聞いた妹は、同じく隣で話を聞いていた兄の手をギュッと握った。


「ねえ、私達捨てられちゃうの?」


 不安そうに兄を見る。兄も妹の手を握り返し、力強く答えた。


「大丈夫。もし捨てられても必ず戻ってこれるようにする。だからお前は、何も心配しなくて良い」

「本当?」

「ああ。俺に良い考えがある」







 木々が太陽の光を遮る薄暗い森の中。シンデレラは今日もお菓子の家作りのため、森に足を運んでいた。


 それにしても、森の中と言うのは景色が似かよっていて、油断していると自分がどこにいるか分からなくなりそうで怖い。今でこそ通えるようになったものの、当初は魔女の案内が無ければ確実に迷っていただろう。


 昨日様子を見に来た王子や、それを追いかけてきた大臣も、後で話を聞いたところ魔女の使いの狐に案内されたそうだ。


(王子も、こんな迷いやすい森にわざわざ来なくてもいいのに)


 私はまだ王子の髪キスの事を許していない。けど、ちょっとだけ嬉しかったのも事実だ。と言うわけで今王子とあってもどんな対応をすればいいか、判断ができないでいる。できれば今日は来ないでくれるとありがたいけど……

 そんな事を考えていると、地面に落ちているあるものに目が留まった。


(あれって)


 近づいて拾い上げてみると、それは小さくちぎられたパンの欠片だった。


(どうしてこんなところにパンが落ちているのかしら?)


 こんな森の奥に人がやってくることなんてまず無いはずなのに。魔女のお婆さんが食べたのだろうか。

 そう思っているとさらにもう一つ、道の上にパンの欠片が落ちているのを見つけた。いや、それだけではない。よく見ると一定間隔でパンの欠片が落ちている。


「こんなに落ちてるなんて。魔女さん、いったいどんな食べ方をしたの?」


 溜息をつきながら、落ちているパンの欠片を拾っていく。食べ物がこんな風に捨ててあるというのはどうにも我慢がならない。

 お菓子の家を作るのはパンを掃除してからだ。継母や義姉さんに鍛えられたのだからお掃除精神を振るい、次々とパンを拾っていく。


 それにしても、ずいぶんと量がある。たまたま持っていたスーパーの袋をゴミ袋にしたけれど、思った以上にパンは続いていた。これはもう食べているうちに零れたなんてレベルじゃない。まるで誰かが意図的に落として行ったような……


「ああ――ッ!」


 突如森に大きな声が響き、パン屑を拾う手が止まる。声のした方を見ると、そこには青い顔をした幼い男の子と女の子の姿があった。

 どうして子供がこんな森の奥に?そう思った瞬間、二人が私に詰め寄って来た。


「どうしてパンを拾ってるんだよー!」

「酷いよ!せっかく今朝、お隣のおばちゃんに貰ってきたのに!本当は食べたいのを我慢して落としてきたんだよ!」

「え?もしかしてこのパン、君たちが落としてきたの?意図的に?」


 二人はコクコクト頷く。そうか、どうりで量が多いと思ったら、ワザと落としてきたのか。二人は何だか怒っているようだけど、料理人としてこれはちょっと見過ごせない。


「何を考えてるの君達!食べ物を粗末にしちゃダメでしょ!」


 そう声を張り上げると、怖かったのか女の子がビクッと体を震わせた。


「だ、だって……うえぇぇぇん」


 どうしよう。ちょっと注意しただけのつもりだったのに泣かせてしまった。


「ご、ごめん。泣かないで」

「うえぇぇぇぇぇぇぇぇん」


 女の子は泣き止んでくれず、私は男の子の方に目を向ける。


「ねえ、そもそも何でパンを落として行ったりしたの?」

「家に帰るための道標にしたんだよ!」

「道標?」

「そうだよ。僕ら、お父さんとお母さんに森の奥に捨てられたんだ。家にお金が無いから。だけどちゃんと家に帰れるよう、来る途中でパンを落としながら来たんだよ。それをお姉ちゃんが拾っちゃったから、帰り道がわかんなくなっちゃったんだ」


 話しているうちに男の子の目にも涙が浮かんできた。そして私も真っ青になる。

 ええー、そんな大事なものだったの?食べたいのを我慢して作った大事な道標を台無しにされたら、そりゃあ怒ったり泣いたりもするよね。


「ごめん、お願いだから泣かないで。大丈夫、きっとおうちに帰れるよ」

「じゃあお姉ちゃんが連れて行ってくれるの?」

「それは……ねえ、お家の住所ってわかる?」

「「分からない!」」


 仕方ないか。まだ小さい子供だもんね。


「なら、お父さんとお母さんの名前は?」

「それもわからない」

「いつも『お父さん』『お母さん』って呼んでたから」


 これもダメか、それなら。


「お父さんやお母さん、SNSってやってない?」


 もしやっていたら、そこから探し出せるかもしれない。時間はかかるかもしれないけど二人にアップされた写真を見てもらって探すとか、『子供を森の奥に置いて来た、ナウ』と言う書き込みを探すとか。しかし。


「SNSなんてやってないよ」

「そんな物に回すお金があれば捨てられたりしないよ」


 そうだよね。いくらなんでもSNSを楽しむような余裕があるのなら、口減らしに子供を置き去りになんてしないよね。

 黙り込むと不安になったのか、二人は声を上げて泣き始めた。


「大丈夫、時間は掛かるかもしれないけど、ちゃんと探してあげるから。そうだ、お家が見つかるまでの間、お菓子の家に遊びに来ない」


 そう言うと二人は、ピタリと泣くのを止めた。


「「お菓子の家?」」

「そうだよ。ドアはチョコレート、柱はキャンデー、壁はクッキーやウエハース。どう、行きたくない?」

「「行きたい!」」


 良かった。二人とも機嫌を直してくれた。泣いている子供はお菓子をあげれば泣き止むというのは本当のようだ。


「それじゃあ案内するから、はぐれ無いようについてきてね」


 かくして私は、お菓子の家に二人を招待したのだった。

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