シンデレラとお菓子の家 4

 熱々に焼かれた木苺のパイをかじりながら、二人は嬉しそうに笑っている。その様子を見ながら魔女はため息をついた。


「まったく、面倒な子供を拾ってきたもんだね」


 私が二人を連れてきて訳を話した時、魔女は嫌そうな顔をして言っていた。


『行く当てがないから連れてきた?バカ言ってんじゃないよ、ここは保育所じゃないんだよ』


 お怒りはごもっとも。だけどそのあと魔女は連れてきた以上放り出すのも無責任だとも言ってくれて、この子達にお菓子を食べさせることを許可してくれた。

 何だかんだ言ってこの森の魔女は優しい。最初怒ったのだって格好をつけるためではないかと密かに思っている。


(ツンデレってやつかな?)


 そう思ってみていると、視線を感じたのか魔女はこっちを振り向いた。


「何笑ってんだい?」

「魔女さんは優しいなあって思いまして」

「優しかないよ。それで、こいつらをこれからどうする気だい?」

「とりあえず町に連れて帰って、それから親御さんを探そうと思っています」


 すると魔女は再び溜息をついた。


「それじゃあ時間がかかりすぎるよ。だいたいそれまでどこに住まわす気だい?いくら大人しくなったとはいえ、あの継母と義姉のいるアンタの家はダメだろう」

「それは……」

「アンタは行き当たりばったりなんだよ。王子のお店の援助の話だってそうさ。よく考えずに勢いで承諾するから後で悩むことになるんだ」


 耳が痛い。確かに私は勢い任せで動くことが多いかもしれない。けど、だからと言ってこの子達を放っておくことはできない。


「まあ、この子達の事は私が何とかしてやっても良いよ」

「本当ですか?」

「ああ。その代り条件がある。おいガキども、名前は?」


 夢中でパイを食べていた二人が顔を上げる。


「俺はヘンゼル。こいつの兄貴」

「私はグレーテル。妹です」

「ヘンゼルとグレーテルだね。アンタ等、今日から私の下で働いてもらうよ」


 え、働かせるの?家に帰してあげるんじゃないの?

 驚いたのは私だけじゃなく、ヘンゼルとグレーテルもポカンとしている。


「当り前だよ。タダで世話になろうなんて図々しい。アンタ達には今日からシンデレラの助手として働いてもらうよ」

「そんな……」


 もともと私がパンを拾ってしまったせいでこんなことになったのに、これでは二人がかわいそうだ。


「そんなしょげた顔するんじゃないよ。安心おし、お菓子の家が完成するまでには私がこの子らの家を探してやるから」

「でも、それまで寝泊まりする場所は?」

「お菓子の家に泊まると良い。まだ完成してないけど、今日中には屋根ができる。そうしたら雨風は凌げるだろ。幸い今は熱くも寒くもないし、エアコンが無くったって大丈夫だよ」

「そうかもしれませんけど……ねえ、二人はそれで良い?」


 そう尋ねると、二人はコクリと頷いた。


「そうしないと家に帰れないんでしょ」

「だったら、手伝いでも何でもやるよ」

「だったら決まりだね。シンデレラ、この新米共をビシバシしごいてやるんだよ」


 ちょっと待って、こんな小さい子に本当に手伝わせて良いの?

 心配だったけど、ヘンゼルもグレーテルも真っ直ぐに私を見ている。


「「よろしくお願いします、先生」」


 まあ、この子達が良いって言うならいいか。けなげな目で私を見る二人の頭を、私はそっと撫でた。


 さて、そう言うわけで二人の助手が加わったわけだけど、そのあと私の仕事は楽になったかと言うとそうでもなかった。

 ヘンゼルもグレーテルも私の言う事はよく聞いてくれたけど、二人にお菓子作りの経験は無く、私は二人に作り方を教えるのに必死だった。


「シンデレラの姉ちゃん、チョコはもう溶かしていいんですか?」

「良いよ。って、直接火にかけたらダメよ。湯銭で溶かさなきゃ」

「冷蔵庫に入れた市松模様のクッキーはもう焼いて良いの?」

「もうちょっと待ってね。生地を馴染ませなきゃいけないから」


 こんなわけで私は二人の指導に費やす時間が増えてしまって、作業はあまり進んでいない。だけど不思議と嫌ではない。今まで誰かと一緒に料理をするということは無かったから、なんだかとっても楽しい。

 日も暮れ始めた頃、ウエハースで作った屋根が完成したところで、今日の作業は終了となった。


「二人とも、今日はありがとうね」


 そう言って二人の頭を撫でる。ヘンゼルもグレーテルもとても満足げな様子だ。


「それじゃあ、アタシ等はぼちぼち帰ろうかね。ヘンゼル、グレーテル。お前達はお菓子の家で夜を明かすんだよ。狼や熊除けの魔法を家にかけておくから、安心して眠りな」

「「はーい、ありがとうございます」」


 ヘンゼルの声とグレーテルの声がきれいにハモり、何だか可愛い。だけどちょっと気になることがある。


「そう言えば魔女さん、二人の晩御飯はどうするんですか?」

「晩御飯?そんなのお前が作ったお菓子の残りを食べればいいだろ」

「そんなのダメです!」


 私はすかさず声を張り上げた。


「パンが無いからと言ってケーキを食べろというのは間違っています。お菓子では糖分が高すぎますし、一日に必要な栄養素がまかなえません。もっとちゃんとした物を食べさせないと!」

「そ、そうかい。だったらキッチンを貸してやるから、お前が何か作ってやるかい?」

「え、良いんですか?」


 私は普段お菓子作りに使っているキッチンだけど、勿論普通の料理を作るのにも使える。魔女はさらに森でとれるキノコや山菜、野ウサギの肉などを提供してくれた。


「これだけあれば十分です。お菓子作り用の牛乳もありますし、クリームシチューでも作ってみます」

「好きなように使うと良いよ。私はもう帰るけど、あんまり遅くなるんじゃないよ」


 そう言って魔女は帰って行った。さて、私はもうひと頑張りしましょう。

 お鍋を火にかけ、きざんだ野菜や野ウサギの肉を入れる。調理を進めていると、家の中に入っていたグレーテルが顔を出してきた。


「どうしたのグレーテル?」

「あの、お手伝いをしようと思って」

「良いよ。今日は一杯頑張ったんだから、ゆっくり休んでいて」

「でも……」


 グレーテルはなぜだか不安そうな顔をして私を見る。


「でも、お菓子作る時もあまり役に立たなかったし。役に立たなかったら追い出されるんでしょ」

「え……?」


 見るとグレーテルの目には涙がにじんでいる。そうだ、この子は両親に森の奥に置いてきぼりにされたんだ。グレーテルは不安になっているんだそれならこんな風に不安になるのも無理のない事だ。

 私はそっとグレーテルの手を取った。


「大丈夫、そんな事しないよ。グレーテルもヘンゼルも、ここにいて良いんだよ」

「本当?」


 グレーテルの表情が少しだけ明るくなる。私はそんなグレーテルにお皿を用意するようお願いした。私も家族の問題で不安になったことはあるから、こういう時は何か仕事を与えて、体を動かした方が不安にならずに済むことを知っていた。


 ほどなくしてシチューが出来上がると、私はヘンゼルを呼びにお菓子の家の中に入った。ヘンゼルは何かをしているわけでも無く、床に寝転がっていた。


「ヘンゼル、ご飯できたよ」


 そう言ったけど返事は無い。寝ているのかと思い近づいてみると、横になったままヘンゼルは言った。


「なあ、どうしてシンデレラの姉ちゃんは俺達にかまうんだ?」

「え、どうしてって、二人が家に帰れなくなったのは私がパンを拾っちゃったのが原因だし」

「だからって、夕飯まで食わせるなんておかしいよ。いったい何が目的なの?」


 ヘンゼルは身を起こして言った。

 グレーテルはまた追い出されるんじゃないかと不安になっていたけれど、ヘンゼルは何か裏があるのではないかと疑っているみたいだ。


「何とか言ったらどうなの?」


 ヘンゼルは敵意を持った眼差しで私を見る。けれどそれはとても弱弱しくて、私はヘンゼルに言った。


「目的なんてないよ。しいて言うなら、放っておけなかったから構ってる、かな」

「何それ?」


 こんな説明では納得してくれないのも当然だ。だけど私は嘘なんて言っていない。


「実はね、私も家族とは上手くいって無かったの」

「姉ちゃんも?」

「そう、継母や義姉さんに虐められていたわ。だから家族の事で悩んでいる君達の事が放っておけなかったの」

「じゃあ、どうして姉ちゃんはそんな風に笑っていられるんだよ?家に居場所が無いんだろ」

「ごめん、上手くいっていなかったのは少し前まで。今でも良好とは言えないけど、だいぶ緩和されてきたわ。優しい人達が力になってくれたから」


 脳裏に王子や魔女の姿が浮かぶ。彼等と出会えたから、私はこうして笑っていられるんだ。


「だから今度は私が、誰かの力になりたいの。結局は私の勝手な言い分なんだけどね」

「要は、姉ちゃんの自己満足に付き合えってこと?」


 うう、そう言われると身もふたもない。だけどヘンゼルはなぜかスッキリした顔になる。


「姉ちゃんの事情は分かった。俺は無条件に優しい奴が信用ならなかっただけだから、分が聞けたからもういいや。姉ちゃんの自己満足に付き合ってやるよ」


 棘のある言い方だったけど、私を認めてくれたと思って良いのかな。さっきと違ってヘンゼルに警戒心は無いようだし、そういう事だろう。


「その代り、姉ちゃんだって言いたいことがあるならハッキリ言ってよ。お菓子作りだってもっと厳しくしてくれないと、俺たちいつまでたっても上手くなんないぜ」


 弟子にダメ出しされた。けど確かにヘンゼルの言う通りかもしれない。明日からはもうちょっと厳しくしてみようかな。怒るのは可哀想かもしれないけど、上達した方が二人も喜ぶかもしれないし。

 そんな事を考えていると、玄関のドアを開けてグレーテルが顔をのぞかせた。


「早くしないとシチューが冷めちゃうよ」

「大変。ヘンゼル、外に行きましょう」


 私はヘンゼルの背中を押して、家の外へと出て行った。

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