シンデレラとお菓子の家 5
キッチンのすぐ横に設置された木のテーブルにシチューを置き、私達は椅子に腰かける。
すでに日は落ちていて辺りは暗くなっていたけれど、ランプの灯りのおかげで食事をとるのに不自由は無かった。
「どう、二人とも。美味しい?」
「うん、美味しい」
「こんなに美味しいシチュー、初めて食べた」
二人ともご機嫌でシチューを口に運ぶ。
「まだまだ沢山あるから、遠慮せずに食べてね」
お皿一杯のシチューを食べ終わった二人はお代わりが欲しいと言ってきたので、私は席を立って鍋からシチューをよそった。その時、ふと物音が聞こえた。
もしかして、狼でも出たのかな。だけど魔女は獣除けの魔法をかけたと言っていし……。
不思議に思って音のした方に目をやると、森の暗闇から影が現れた。
「こんばんは。夜遅くに失礼」
「王子」
そこにいたのはエミル王子だった。昨日来たばかりなのに、こんなにしょっちゅう顔を出して大丈夫なのだろうか?
「どうしたんですか、こんな時間に。昨日は執務がたまってるって言ってましたよね」
「うん。最近サボってたから、終わらせるのに苦労したよ。だから来るのがこんな時間になっちゃったんだ」
「そうだったんですか。でも、そんなに無理して来ることもないんじゃ」
「そうなんだけど、君にちょっと見てもらいたい物があってね」
そう言って王子は袋を差し出した。何だろうと思い中を開けてみると。
「これは、ジャガイモ?」
「そう。今食糧難が続いている事は知っているよね。その対策として、大規模なジャガイモ作りをしようと思うんだ。これが作ろうとしているジャガイモなんだけど、君の意見を聞きたくてね」
私はしばらくそのジャガイモを眺める。そして。
「これ、良いジャガイモですよ。見て下さい、シワもデコボコも無くて、ずっしりと重みもあります」
「良かった。シンデレラのお墨付きを貰えたなら安心して作る事が出来る」
「そんな、私よりも料理長にでも聞いた方が良かったんじゃ」
そう言ったけど、王子は首を横に振った。
「彼は高級料理に慣れ過ぎているからね。ジャガイモは元々町の人の為に考えたものだから、町に慣れているシンデレラの意見が聞きたかったんだよ」
なるほど、王子はよく考えているんだなあ。
「それに、君には昨日の事も謝らなきゃいけないから、丁度良かったんだ」
「昨日の事?」
王子に言われてハタと思いだした。そう言えば、昨日王子に髪にキスわされたんだ。とたんに顔が熱くなっていく。
「怒ってないかなーって思って様子を見に来たんだけど、シンデレラ?」
顔を合わせようとしない私を不思議に思ったのか、王子が覗き込む。だけど今顔を見られるわけにはいかない。王子に背を向けて熱が治まるのを待っていると。
「姉ちゃんどうしたの?顔赤いよ」
いつの間にかそばに来ていたヘンゼルがそんな事を言ってきた。
「ヘンゼル、余計なことは言わない!」
王子に聞かれたら恥ずかしいじゃない。王子の様子を伺おうと恐る恐る振り返ったけど、王子は私でなくヘンゼルとグレーテルに目を向けていた。
「シンデレラ、この子達は?」
王子が疑問に思うのも無理はない。けれど私が説明する前に、席を立ったグレーテルがこっちにやって来て言った。
「お兄さん綺麗、王子様みたい」
どうやらグレーテルのような小さい子でも王子の格好の良さはわかるようだ。目を輝かせるグレーテルに、王子は優しく微笑む。
「王子様みたいっていうか、王子なんだけどね」
「本当?」
グレーテルが目を輝かせる。だけど反対にヘンゼルは怪訝な顔をした。
「王子がこんな所にいるわけないだろ。からかわれてるんだよ」
うん、普通はこんな森の奥に王子がいるだなんて思わないよね。グレーテルは残念そうな顔をしたけど、すぐに気を取り直して王子に聞いた。
「お兄さんは、シンデレラお姉ちゃんの彼氏なの?」
何を言うかなこの子は?まだ子供とは言えやはり女の子、彼氏彼女と言った話に興味があるらしい。けど、私と王子は断じてそんな関係じゃないから。
「違うよグレーテル。このお兄さんは……えーと」
何て言えばいいんだろう?王子は私の支援者だけど、単なるビジネスパートナーと言っていいのだろうか。私が迷っていると、王子が口を開いた。
「友達だよ。今のところね」
「彼氏じゃないの?」
「うん、残念だけどね」
そう言ってグレーテルの頭を撫でる。王子、その発言は誤解を生みますよ。それに、そんな風にグレーテルの頭を撫でたら……ああ、やっぱりグレーテルがトリップしてしまっている。
「王子!グレーテルを放して下さい、戻ってこれなくなってしまいます」
「え、うん。分かった」
グレーテルを王子から引き離して、水を飲ませて落ち着かせる。
「王子に頭なんて撫でられたら大抵の女の子はコロッといっちゃうんですから、少しは注意しないと」
「僕も少し前までは自覚はあったんだけどね。最近は自信がなくなって来たからねえ」
「どうしてです?難攻不落の女性でも現れたんですか?」
そう言った私を王子は何だか切ない目で見た。冗談で言っただけなのに、そんなにつまらなかったかなあ。
「で、すっかり話は脱線してしまったけど、結局この子達って何なの?」
「俺達はシンデレラの弟子だ!」
私が答えるよりも先にヘンゼルが答えた。
「弟子なんて抱えたの?」
「いや、これはね」
確かに弟子には違いないけど、あくまでお菓子の家ができるまでの話だ。だけどヘンゼルは真剣な顔で言う。
「今日弟子入りしたばかりだけど、絶対にシンデレラみたいにお菓子作りを上手くなるんだ」
「でも、お菓子作りばっかりしてたらお家に帰れないよ。ヘンゼルだけじゃなくグレーテルも」
ヘンゼルはチラッとグレーテルを気にしたけど、それでも言った。
「良いよ、もう帰らなくても。最初は確かに家に帰りたいって言ったけど、よく考えたら俺達を捨てた親のところになんて戻りたくないし」
「そんな、君たちのお父さんとお母さんなんだよ」
私の家の継母とは違って、血のつながった親子のはずだ。それなのにこんな事を言うだなんて。グレーテルも悲しそうな目をしているし、王子も驚いている。
「捨てたってどういう事?」
「うん、実はね」
私はヘンゼルとグレーテルが森の奥に置き去りにされた事、お菓子の家ができるまでの間二人を弟子にすることにしたことを王子に話した。
「なるほど、そう言う事情があったのか。ごめん」
王子が急に謝って来た。
「そんな、どうして王子が謝るんですか?」
「国がもっとしっかりしていればこういう事態を防げたかもしれないと思うとね。最近、国全体が食糧難で高価が続いて、経済が悪くなっているからね。この子達の親が二人を手放したのも経済的理由なのかと思うと」
「確かに、最近驚くほど野菜もお肉も高いわね」
「ちゃんと対策は考えているんだ。上手くいけば食料問題も解決できる。けど、それでもこの子達が家に帰れるわけじゃないか」
王子がぞんな対策を考えているかは分からないけど、今は大局を見た食料問題の解決よりも目の前のヘンゼルとグレーテルの問題を解決したい。
「どうしたらいいかな。私は二人を家へ帰してあげたいって思うんだけど」
「家に帰して、それで解決すれば良いけど」
王子は難しい顔をしている。そして、二人に聞こえないよう小声で言った。
「二人を置き去りにしたって事は、この子達の親は相当追い詰められているはずだよ。ただ連れて帰っただけじゃあ、また同じことを繰り返すかもしれない」
「でも、二人の親なんでしょ。だったら今頃後悔しているかもしれませんよ」
「それは分からないよ。全ての親が子供の事を好きとは限らない」
王子は冷静に、だけど強く言った。
その言葉に私は頭を殴られたような衝撃を受けた。私も今まで家で虐められてきたけど、それは他の家族と血が繋がっていないからだと自分に言い聞かせていた。だけどちゃんと血のつながった親子でも好きになれないだなんて。
「そんなに落ち込まないで。まだそうときまったわけじゃないから」
ショックを受ける私を見て、王子は励ますように言った。
「二人の親については僕も少し調べてみるから。君はこの子達の面倒を見てあげて」
「うん。ゴメンなさい、巻き込んじゃって」
「気にしないで。こういった問題は僕も放っておくわけにはいかないから」
王子は優しく言葉を紡ぐ。そんな私達の様子を、ヘンゼルとグレーテルが不思議そうに見ていた。
「ねえ、何の話をしているの?」
「ごめん、何でもないよ」
慌てて王子から離れて二人を見る。
「そうだ、お代りの途中だったね。すぐに用意するから待ってて」
そう言ってお鍋のシチューをお皿に移す。
「はいどうぞ。熱いから気を付けてね」
差し出されたシチューを、ヘンゼルはまたも美味しそうに食べる。グレーテルもさっきまで悲しそうにしていたのが嘘のように笑顔になった。
この子達が家に帰りたいのか、帰った時両親はどう思うかは分からないけど、せめてここにいる間は笑って過ごしてほしい。
そんな事を考えていると、王子が言ってきた。
「あんまり気を張り過ぎないでね。君を見ていると、なんだか無茶をしそうで怖いから」
「そんなこと無いですよ。ちゃんとブレーキはかけられます」
「でもねえ、君は以前バイトと偽ってお城の厨房に入ったという前科があるからね」
「あ、あれはあの時だけです。そりゃあ、よく考えたら大変な事をしていたとは思うけど……もしかして怒ってます?」
不安になってしまったけど、どうやらそれは思いすごしだったようで、王子は変わらない笑顔を向けてくれた。
「安心して、今更問題にする気はないよ。そりゃあ立場としては見過ごさない方が良いのかもしれないけど、融通がきかないなら王子なんてやっていけないからね」
王子ほどの人なら時には柔軟な対応も求められるという事だろうか。やはり料理人志望の私とは背負う物の大きさが違うみたいだ。きっと今日だってお城で激務をこなしていたのだろう。
「そう言えば、王子は夕飯はまだですか?シチュー、まだ余ってるけど、良かったら食べて行きません」
「いいの?それじゃあ、御馳走になろうかな」
疲れているだろうからたくさん食べて元気になってもらいたい。私は王子の分のシチューも用意し、席へと運んで行った。
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