再び、シンデレラとカボチャの煮付け 7

 本当はまだ未練があるなんて言ってしまったら、きっと彼女は困ってしまうだろう。一度ハッキリとフラれているんだし、お見合いを控えた男に好きだと言われても絶対に迷惑だ。

 だから僕は、できる限り平然を装いながら言葉を探す。

「シンデレラ、本来王族というのは国の為に生きなきゃいけないんだよ。僕の気持ちは関係ない、よほどの事が無い限りは、自分の意志よりも国の未来を優先させなきゃいけないんだ」

 やっと言えたのはそんな言葉。まるっきり嘘というわけじゃないけれど、本当は国の未来よりも優先させたいよほどの事があったんだよ。


 ガラスの国を出てシンデレラと旅に出ると決めた時、周囲からは強く反対された。王子たる者が町娘にうつつを抜かすとは何事かとみんな口を酸っぱくして言ってきた。そんな彼等の反対を押し切り旅に出たのは、ただシンデレラの事が好きだったから。

 たった一度の人生だ。好きになった人と共にいたいが為にボクは我儘を言い、彼女と一緒に旅をしてきた。

 だけどそれはもう終わった話。今まで無理を言って我儘を通してきたのだからこれからは大人しく国の為に尽くしていかなければならないんだ。

 なにより、これ以上未練を引きずってシンデレラを困らせるわけにはいかない。


「でもちょっと安心したよ。棘姫さんが良い人そうで良かった。お見合いなんて初めてだから、実はちょっと緊張していたんだ。だけどいきなり厨房見学の話をした時もすぐに受け入れてくれたし、あの人となら上手くやっていけるかも」

 そう心にも無い事を言う。棘姫さんが良い人そうだと思っているのは事実だけど、だからといって結婚できるかとなると話は変わってくる。出来る事ならお見合いなんて、今からでも無かったことにしたいくらいだ。

 だけどここでその事をシンデレラに悟られたら、僕の心がまだ自分にある事が分かってしまうかもしれない。優しい彼女の事だからもしかしたら自分のせいで僕が踏ん切りがつかないのだと思って気にしてしまうかも。

 そんな事は望むところでは無い。だから僕は出来る限り嘘をついて、気持ちを偽っていく。


 告白してからまだそう日は経っていないのに、もう別の女の子に気持ちが行っていると思われるとなるとちょっと心が痛むけど。

 いや、そんな風に嫌われることを恐れてどうする。シンデレラへの思いはもう断ち切ろうと決めたのだから、むしろそうなった方が諦めが付いて良いじゃないか。

 そう自分に言い聞かせながら、僕は彼女を見つめる。


「ねえ、鏡の国で僕が言った事を覚えてる?僕は君の事を好きだって言ったことを」

「…うん、覚えているよ。でもその後に、忘れてって言ったよね。それって、こういうことだったの?」

 シンデレラの攻めるような眼差しが痛い。けれど、ここで言い訳をするわけにはいかない。

「そうだよ、僕はどう足掻いても、王子という立場からは逃れられない。だから君に気持ちを伝えた所で、どうにもならなかったんだ。ごめん、やっぱり言うべきじゃなかった」


 本当はあの時君が僕を受け入れてくれてたら、どんな事があっても僕は我儘を通す気でいた。周囲がどれだけ反対しようと関係無い。きっと僕は国よりも君の事を優先して考え、君の為ならどんな困難にも立ち向かっていただろう。だけど現実はそうはならなかった。

 あの時シンデレラから言われた拒絶の言葉を思い出して胸が痛んだけど、それを悟られないよう、ポーカーフェイスを装う。

「君には悪い事をしたと思ってる。勝手に好きになって、傷つけて。軽蔑してくれても、罵ってもらっても構わない。僕は君に、それだけのことをしたのだから」

 僕は深く頭を下げる。これで完全に嫌われただろう。


 そして少しの沈黙の後、シンデレラはぽつりと呟くように言った。

「エミル、顔を上げて」

 言われるがまま恐る恐る視線を上げていくと、いつもと変わらない、シンデレラの笑顔がそこにあった。

「エミルの言いたい事、よく分かったよ。私こそごめんね、好きだって言ってくれた後、エミルの事を全然考えないで、一人で先走ってた」

「そんな、君が謝ることじゃ…」

「けどエミルの気持ちはよく分かったから。そう言うことなら、あの時の事は本当に忘れるから。これからは、エミルの事を応援させて。棘姫さんと上手くいきますようにって」

 明るく、よく通った声でそう言うシンデレラ。

 まったくもって勝手な話だけど、好きな子に他の子と上手くいくよう応援されるのはかなり堪えるな。


「でもビックリしたよ。今まで全然知らなかったけど、王子様って大変なんだね。結婚相手も自分で選べないなんて。あ、でも棘姫さんならきっと大丈夫だよね。優しそうだし綺麗だし、当たり前だけど『お姫様ですよー』ってオーラが全身から出ていたし。きっと二人でいるとすっごく絵になるよ。さっき料理長も言っていんだけど、棘の国とガラスの国の将来がかかっているんでしょ。だったら頑張ってお見合いを成功させなきゃ」


 一気に喋るシンデレラ。正直彼女が応援すればするほど胸の奥がモヤモヤするのだけど、ここは我慢の見せどころ。僕は精いっぱい平全を装う。


「私に協力できることがあったら何でも言って。あ、だけどできる事なんて無いか。でももし、もし何かあれば遠慮なく言ってね。私、今までお世話になってばっかりだったから、少しでもエミルの力になりたいの。結婚式の料理やウエディングケーキも、言ってくれれば私が作るから」

「ありがとう。でも結婚式はまだ気が早いんじゃ…」

 何せ結婚どころか、まだお見合いすら始まっていないのだ。だけどその時、シンデレラが不意に僕の手を掴んできた。

「えっ、シンデレラ?」

「――私、本当に頑張って応援するから。だからね……」

 シンデレラはまるで何かを飲みこむように息を吸い、真剣な目で僕を見る。


「これからも……友達でいてくれる?」

「……え?」 

「ダメ…かな?」

 予想外の言葉に戸惑っていると、彼女は言葉を続けてくる。

「エミルと旅をしてきて楽しかったから。一緒にいろんな国を回って、私の作った料理を、いつも美味しいって言って食べてくれて。エミルの気持ちと私の気持ちは違っていたけど、一緒にいて楽しいって思った事は本当だから。今まで通りとはいかないかもしれないけど、やっぱりエミルとは、友達でいたい」

 不安そうで、だけど真っ直ぐな目のシンデレラ。


 ああ…そうか。告白して、フラれて。それでもシンデレラが僕に対して、今までと変わらない態度をとってくれていたのは、きっとまだ僕を友達だと思ってくれていたからなのだろう。

 僕のシンデレラに対する気持ちと、シンデレラの僕に対する気持ちは違っていても、嫌われたわけでは無かったんだ。

 少し前の僕なら、友達という関係では満足していなかった。だけど嫌われたと思っていたところに友達でいたいだなんて言われてたら、凄く嬉しい。


 けど、反対にシンデレラは何だか不安そう。前後の会話から察するに、もし僕が棘姫と結婚したら、友達ではいられなくなるとでも思っているのかなあ。このタイミングでこんな切実な目をしての『友達でいてくれる』発言。たぶん間違いないだろう。

 いったいどうしてそんな考えになったのかは正直よく分からないけど。もしかしたら王族だの国だのという話になったから、僕のことを遠くに感じてしまったのかも。

 けど、心配しなくていいから。


(今くらいは良いよね。)

 心の中でそう言った後、僕は優しく彼女の頭を撫でた。

「もちろんだよ。と言うより、これで友達じゃなくなるなんて、僕の方が嫌だよ」

 フラれた直後は、ガラスの国に帰ったら彼女のプライベートには関わらないようにしようなんて思っていたけど、何も距離を置くだけがケジメの付け方ではない。ちゃんと気持ちの整理をつけた上で、こんどはちゃんと友達という関係を築いていけたら、それは素敵な事なんじゃないだろうか。今はまだ難しいけど、不可能じゃないはずだ。

 僕はシンデレラの頭を撫で終わった後、そっと彼女の手を引いた。

「部屋まで送るよ。体調が悪いならいつまでも話してないで、ちゃんと休んだ方が良いよ。厨房はまた今度入れるよう頼んでみるから」

「……うん、ありがとう」

 そう答えるシンデレラの声には、まだ元気が無い。そんなに体調が悪いのだろうか?

「今日はゆっくり休んで、料理の勉強はまた明日からすればいいよ」

 そう言って二人して廊下を歩いて行く。だけどこの時僕は気づいていなかった。僕達の様子を見ていた彼女の存在に。




 僕達が去った後、彼女は……棘姫は隠れていた柱の陰からそっと出てくる。さっきまで僕等がいた廊下を見ながら、一人呟く。

「……どうやら、私の目に狂いは無かったようですわね。さて、どうしてあげましょうか」

 棘姫の口角がわずかに上がる。誰もいない廊下で、棘姫はただ笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る