再び、シンデレラとカボチャの煮付け 8

 シンデレラを部屋に送り届けた後、僕は城の中庭に来ていた。

 ここの作りは祖国、ガラスの国の城にある庭の作りとどこか似ていて、なんだか落ち着くことができる。咲き誇る花を愛でながら、僕はシンデレラの事を思い出す。


(顔色が悪かったけど、大丈夫かなあ?)

 シンデレラがいいと言うから部屋に送った後はそのままにしてきたけど、やっぱり心配だ。後で様子を見に行くか、医者に診てもらうかした方が良いかもしれない。

 そんな事を考えていると、どこからか耳あたりの良い音が聞こえてきた。

(これは、笛の音か。綺麗な音だなあ)

 それはまるで心をとかすような柔らかな音色で、どこか懐かしさを感じさせるものだった。そうだ、ハーメルンやブレーメンの町で聞いた事がある。その優しい音に耳を澄ませながら、記憶をたどっていくと……

(って、よく聞いたらこれってアイツの笛の音じゃないか)

 どこでこの音色を聞いたかを完全に思い出した僕は、急いで音の出所を探す。庭園の片隅、日が当たらないように屋根が作られ、その下に置かれた白いテーブルと椅子。そしてその椅子に腰かけながら笛を吹いている派手な服を着た男。アイツこそがこの笛の音の主だ。

 僕はすぐさま彼へと近づき、言い放った。


「こんなところで何をしているんですか?笛吹き」

 そう彼の名を口にする。もちろん笛吹きというのは本名じゃないけど、僕は彼の本名なんて知らないから笛吹きと呼ぶ他ない。声をかけられた彼は演奏をやめて僕を見る。

「お前、いつかの王子様じゃないか。奇遇だなあ、こんなところで」

 胡散臭そうな笑顔を作るこの男。ハーメルンの街でネズミ騒ぎに乗じて一儲けしようと企んだり、ブレーメンの町では動物達に音楽を教えていた、あの笛吹きだった。


「奇遇って、どうして貴方がここにいるんですか?ここは一般人が出入りできる場所じゃありませんよ。まさか、道に迷ってここまでやってきたとか?」

「おいおい、いくら何でもそんな変な迷い方をするかよ。お前、いったい俺をなんだと思ってるんだ?」

「方向音痴。あと金の亡者でもあるか。それに女たらし。シンデレラにちょっかいを出そうとしたこと、忘れたとは言わせませんよ。あとは……」

 他に何があったっけ?思い出していると笛吹きは力の無い声で言ってくる。

「あのなあ。ここはイの一番に音楽家と答える所だろう。さっき俺が笛を吹いているところをばっちり見てたじゃないか」

「そう言えばそうでしたね。方向音痴で金の亡者で女たらしで、ついでに音楽家の笛吹きさんですね」

「ついでじゃない!それが俺の本職だ!」

 声を上げる笛吹き。まあ彼の本職が何であるかはどうでもいいとして、僕はまだ質問に答えてもらっていない。


「迷い込んだんじゃないとすると、いったいなぜここに?まさか笛の音で城の人達を操って、宝物庫を破ろうとか考えてはいませんよね」

「俺は泥棒でも強盗でも無いって。ここへは仕事で来たんだ。もうすぐ開催される舞踏会で演奏する音楽家として」

「舞踏会?」

「ああ、もうすぐこの城で舞踏会が開かれるんだ。貴族だけでなく、町人も参加可能な大きな舞踏会がな。長い間眠りについていたけど、盛大なパーティーにして城が目覚めた事を世間にアピールしたいらしい」

 それは知らなかった。何しろシンデレラの事やお見合いの事で頭がいっぱいで、それ以外の事に目を向けている余裕なんて無かったのだ。


「それにしても、よく迷わずに城まで来れましたね。方向音痴なのに」

「いつまで方向音痴を引っ張るんだ?迷ってもいいようにだいぶ早くに出発したさ。結局予定の倍くらい時間は掛かったけど」

 やっぱり方向音痴じゃないか。もうこの人はどこかに流れるのではなく、一所に留まった方が良いんじゃないかと思えてくる。

「まあ何はともあれ、今回はちゃんとつけて良かったですね」

「おうよ。けどちょっと問題があってな。せっかく遅刻せずに来たって言うのに城の奴ら、早く来すぎたから城には泊められない。町で宿を探してくれって言うんだ。こっちは稼ぎに来たっていうのに、頭にくるよな。宿代はタダじゃないんだぞ」

「確かにそれはちょっとお気の毒…待って下さい。舞踏会はもうすぐだって言ってましたけど、いったいどれくらい後なんですか?」

「半月後」

 それじゃあいくらなんでも早すぎだ。チバにあるネズミの国のクリスマスや、USJのハロウィンじゃあるまいし、そんなに早く行ってもイベントはやっていない。


「同情出来かねますね。素直に宿代を払って、舞踏会まで大人しくしていてください」

「そんな。稼げると思ってたから、あまり金持ってねえんだよ。一生のお願いだ、頼むから金貸してくれ。俺とお前の仲じゃないか」

 両手を合わせて頼んでくる笛吹き。俺とお前の仲って、僕は貴方とそこまで親しくなった覚えはないけど。

「お断りします」

「そんなこと言わずに頼むよ、な。城の奴らなら金持ってるんじゃないかと思って路上ライブならぬ城上ライブをやってたんだが、奴ら全然金をくれやしないんだ」

 当たり前だ。場内で笛を吹いていても、まさか金目当てで吹いているなんて思わないだろう。笛吹は逃がすまいとしがみついてきたけれど、僕はそれを引きは剥がす。


「あなたもいい大人なんですから、もう少ししっかりしようとか思わないんですか?」

「思う、舞踏会が終わったらちゃんと心を入れ替える。だからそれまでの生活費を貸してくれ。もし貸してくれなかったら、ガラスの国の王子はケチだって言いふらすぞ。それでも良いのか?」

 まったくもって迷惑な話だ。

 仕方ない。不本意ではあるけど、このままだと貧乏神のごとくまとわりつきそうだし、さっさとお金を貸して面倒事を終わらせるとしよう。


「分かりました。貸しますよお金。利子をつけたりはしませんけど、舞踏会の演奏料が入ったらちゃんと返して下さいよ」

「へいへい……王子のくせにケチくさい」

「貸すのやめましょうか?」

「ウソウソ、どうぞお貸し下さい」

 まったくこの人は。ケチとか言うけれど、お金の管理を疎かにしていたら後々痛い目に遭うと幼いころから教育されてきたのだ。これはあくまで国庫についての教育だったけど、細かいお金だって決して雑に扱ってはいけない。それでも僕はしぶしぶ笛吹に金貨を渡す。


「金貨とは太っ腹だなあ。渋るもんだから銀貨を渡されると思ってた」

「僕は男に銀貨を渡すつもりは無いので。ましてやいずれそれを返されるのかと思うとゾッとしますよ」

 僕の家では求婚を申し込む際、相手にある特別に銀貨を渡し、結婚式の時にそれを返してもらうという、代々受け継がれている習わしがある。財布の中にあるのは勿論普通の銀貨だけど、

 それでもなんだか気が引ける。

 そう言えばその銀貨は今シンデレラに預けているけど、返してくれとも言い難いし、どうしたものかなあ。

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