再び、シンデレラとカボチャの煮付け 9

 それはそうと、さっきから少し気になっていたことがある。

「そう言えば、動物達は一緒じゃないんですね。ロバとかイヌとか。彼等はどうしたんですか?」

 彼はブレーメンの町で出会った動物達に楽器の演奏を教えていて、一緒に音楽祭にも出たはず。だけどそれを聞いた笛吹きはため息をついた。


「いつまでもあんな奴らにかまっているわけないだろ。あの後しばらくして、俺は町を出たよ」

「そうだったんですか。それじゃあ、あの動物達は?」

 彼等は元々音楽隊だと言いながら練習をサボってばかりだった動物達だ。もしかしてまた怠けて、泥棒にでも身を落としてはいないだろうか。そんな不安が頭をよぎる。

「心配ねえんじゃねえか。風の噂で、ブレーメンに独特な音を奏でる珍妙な動物の音楽隊があるって噂を聞いたんだ。多分アイツらの事だから、何とかやっていけてるんだろう」

 それを聞いてちょっとホッとする。仮にも一度は関わった動物達だ。何かあったとなってはやはり後味が悪い。

「良かった。音楽は続けているみたいですね。それに、結構有名になっているみたいですし」

「そりゃあ師匠が優秀だからな。これで下手な演奏をされたんじゃたまったもんじゃないぜ」

 そういう笛吹きの顔はどこか嬉しそう。やはりなんだかんだ言って弟子の成長は嬉しいのだろう。そう思っていると、笛吹きは急にニヤニヤしながら僕に聞いてきた。


「さあ、今度はお前さんが話す番だ。ここにいるってことは、お前も舞踏会に招待されてきたのか?」

「半月後の舞踏会に招待されてたとしても、普通はこんなに早く来たりしませんよ。まあ半月後も多分まだこの国にいるでしょうから、舞踏会には出ることになるかもしれませんけど」

「だったら似たようなもんじゃないか。で、シンデレラの嬢ちゃんはどうしてるんだ。舞踏会ではあの子と踊るんだろう」

 やはり僕とこの笛吹きは相性が悪いのか。触れてほしくないシンデレラの話題を躊躇なく出してくる。勿論彼はこっちの事情なんて知らないから悪気はないのだろうけど。


「そんな予定はありませんよ。舞踏会のことだって今知ったばかりなので」

「ああ、そう言えばそうだったっけ。けど、知ったからには誘うんだろ。でないとあの嬢ちゃん、放っておいたら色んな男に声をかけられそうだからな」

「シンデレラが舞踏会に行くとは限りません。彼女は踊るよりも、舞踏会に出される料理を作る方が好きな子ですから」

 事実最初にシンデレラと出会ったのは、舞踏会に出される宮廷料理を見てみたいと彼女が厨房に入り込んだ時だった。まあ、料理云々以前に……

「誘おうにも、僕はもうフラれていますし」

 そう言った後、しまったと思い口を塞いだ。ついぽろっと言ってしまったけど、何もフラれた事まで話す必要は無かったじゃないか。そっと笛吹きに目をやると、彼はぽかんとした顔で僕を見ている。そして……


「フラれたって、お前がか?嘘だろ、何かの間違いなんじゃねえのか?」

 心底驚いたように効いてくる笛吹き。そうは言われてもフラれたのは事実。無神経に傷口を引っかきまわさないでほしい。だけど笛吹きは気づかいというものを知らないのだろうか。しつこく聞いてきたので、僕は渋々何がったかを彼に話した。


 訳有ってシンデレラが眠りの毒リンゴを食べた事。その呪いを解くために僕がキスで彼女を起こして、不本意ながらその勢いで告白をしてしまった事。そしてその後に浴びせられた拒絶の言葉。それら全部を事細かに説明する。

 こんな事を話して笑われるかと思ったけど、聞き終わった笛吹は意外にも小さな声で一言。

「それは…ご愁傷様」

 明らかに同情が見て取れる。そんな憐れんだ目で見るのはやめてほしい。何だか自分が余計に惨めに思えてくる。


「まあ元気出せよ。女なんてほかにいくらでもいるんだし、そのうち良い事あるって」

「同情はやめて下さい!貴方に慰められたって、全然元気になんてなれません!」

「それもそうだな、俺だってフラれて落ち込んでる時に自分みたいな男に慰められたくはないな。しかしなんつうか、意外だなあ。てっきりお前と嬢ちゃんは相思相愛だと思っていたのに」

 相思相愛かどうかはともかく、僕もそれなりに自信はあった。だけど事実としてフラれてしまっている。いったい何がいけなかったのだろうか……いや、今更そんな事を考えても無駄だ。シンデレラの事は吹っ切ろうと思っているのに、笛吹きと話していると嫌でも彼女の事を考えてしまいそうだ。


「それじゃあ僕はそろそろ行きますね。お金も貸したんですから、貴方も早く宿を探した方が良いですよ」

 そう言って去ろうとしたけれど、そんな僕の襟首を笛吹きは掴んできた。

「まあ待ちなって。金を貸してくれたお礼だ。お前さんがフラれたって言うのなら、愚痴くらい俺が聞いてやるよ。酒でも飲みながら話そうぜ」

「昼間から酒を飲む気ですか?心配しなくても、気持ちの整理くらい自分でつけられますよ」

「遠慮するなって。男同士で一杯やろうぜ。奢るからさ」

「それって僕が貸したお金でしょ。借りたお金で借りてる本人に奢る気ですか貴方は?」

「細かい事は気にするな。どうせ暇なんだろ」

 笛吹はそう言って肩に手を回してきたけど、僕はそれを払いのける。

「そんなに暇じゃないですよ。もう少ししたらお見合いが始まりますから」

 話をしているうちにだいぶ時間は過ぎていた。今すぐいかなければならないということは無いけど、飲みに行っている余裕は無い。するとこれを聞いた笛吹きはキョトンとした顔をする。


「お見合いって、誰が?」

「僕が」

「シンデレラの嬢ちゃんと?」

「何でそうなるんですか?棘姫とですよ、この棘の国のお姫様の」

「お前、シンデレラにフラれたなんて言って、もう他の女を追っかけてるのか」

「だから違いますって」

 そんな風に気持ちを切り替える事が出来たらどれだけ楽だろうか。生憎まだ未練たらたらだよ。

 何だか説明するのも面倒だったけど、誤解されたままにしておくのもやっぱり嫌だ。僕は時計を気にしながら、今度はお見合いに至るまでの経緯を笛吹きに話すのだった。

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