再び、シンデレラとカボチャの煮付け 10

 エミルが棘姫さんとお見合いをする。その事を知ってから、もう三日が経っている。

 この日、私は町を散策するために城下に出ていた。


 お見合いの話を聞いた後、体調を崩してしまった私はその日一日部屋で寝込んでいたけど、次の日には体調も回復し、中途半端に終わった厨房の見学を続けさせてもらった。

 ここの料理長はとても良い人で、興味があるなら一緒に料理をしてみないかと言ってくれて、私はエミルと会った時以来二度目となる、お城の厨房で料理をするという経験に心を躍らせた。

 前はカボチャの煮つけを作ったけど、ガラスの国のお城の料理長はこんな地味な物を出せるかと食べてもくれなかった。だけど棘の国の人達は私の作った料理を、ちゃんと食べてくれた。

 作ったのはコックさん達用のまかないのご飯だったけど、さすが美食の国のコックさん。私の作った料理がどこの国の物か、味付けはどうしているかをズバリ当てながら、美味しいと言ってくれた。

 作った中にはあのカボチャの煮つけもあったけれど、ここの人達はみんなそれが何なのかをちゃんと知っていて、私がマイ醤油を持っていることに感心していた。


「マイ醤油とは恐れ入った。しかもこれは九州醤油、ここ棘の国ならともかく、よそではあまり見掛けない品なんだろ」

「あんたは本当に料理が好きなんだなあ。どうだい、この国にいる間はここで働かないか?あんたならみんな大歓迎だよ」

 もともと料理の勉強がしたかった私は、二つ返事でこの申し出を受け入れる。まさか美食の国のお城の厨房で働けるだなんて。しかも今回はガラスの国の時のような偽造した履歴書で潜り込むわけじゃない。ちゃんと正規のルートでの採用だ。


 皆良い人達ばかりで、人間関係も良好。今はこうして町に来ては市場を除いて良い食材が無いか探してみたり、美味しいと評判の店に行ってその味を確かめてみるつもりだ。

 何だかやることすべてが順調でとても楽しい。楽しいはずなのに……


(どうしてかな?)

 私は今笑っている。だけどそれは上辺だけで、本当は全然笑えていない事にも気づいている。

 どうしてなんて思ったけど、本当は答えだってハッキリしている。私が笑えない理由、それはあの時、エミルから言われた言葉にある。


『王族というのは国の為に生なきゃいけないんだよ』

 私は町の一角にある建物の壁に背中を預け、行きかう人をぼんやりと眺めながら、三日前にエミルとした話を思い出す。

 考えてみれば当たり前の事だ。好きだって言われて舞い上がってしまっていたけど、エミルは王子様。本来なら私と一緒に旅をしている事の方がおかしいのだ。

 私はこの時、どうしてエミルが告白を無かったことにしようとしていたのかがやっとわかった。好きだと言ってくれたエミルの気持ちに、嘘は無いと信じたい。だけど彼の言葉が本当だったところで、生まれ持った立場というのはどうしようもないのだ。

 ガラスの国では舞踏会で気に入られた町人が貴族の元に嫁ぐこともあるけれど、それは町民の中でも商売に成功している人などが手にすると事が出来る希なチャンス。

 ずっと継母や義姉さんに虐められ、召使い同然の生活を送ってきた私がエミルの隣にいるだなんて、そんなことをいつまでも続けられるはずは無いのだ。


 そう言えばエミルに好きだと言われた時、言うつもりは無かったと言っていたっけ。きっといずれこうなる事が分かっていたから、自分の気持ちを隠しておこうとしたのだろう。

 だけど毒リンゴを食べた私を助けて、そんな彼に私はなぜキスをしたのか聞いちゃったから、言わざる負えなかったのだろう。そしてその後、お見合いについて聞いたのも私。エミルはただその問いに答えただけ。だけどその答えは私がフラれた事を意味するものだった。


 お見合いに対して前向きな姿勢のエミルを見て、私は目の前が真っ暗になった。

 好きって言ってくれたのにどうして?そんな自分勝手な思いが溢れてきたけど、アレは言うつもりの無かったエミルに私が言わせたもの。怒る権利なんて無い。

 それに怒った所で何かが変わるわけでも無いし。もしあの場で棘姫さんに会わないよう泣いて頼んで、エミルがそれを承諾してくれたとしても、きっとエミルはいずれ、私の手の届かない場所に行ってしまうだろう。


 そう思った私は、すぐさまエミルの背中を押すことにした。私はエミルに応援すると言い、同時に棘姫さんの事も褒め称えた。棘姫さんは良い人そうだし、エミルも乗り気ならお見合いも良いんじゃないだろうか。そう自分に言い聞かせながら喋る言葉は、一言一言発するたびに私の胸の奥を刺していくようで、話していてとても辛かった。

 エミルのことは諦める。そう思ったけれどやっぱり心残りのあった私は彼に、これからも友達でいてほしいという、一世一代の我儘を言った。


 もちろんだよ。そう答えてくれた事は嬉しいはずなのに、心は全然晴れないでいた。その理由だって分かっている。だって本当は友達じゃ満足できないから。エミルには私を好きでいてもらいたかったし、私だってエミルを好きでいたかった。だけどそれを言葉にしてしまうとエミルに迷惑が掛かってしまう。だから私は、その気持ちをぐっと飲みこむことにしたのだ

 。

 あれから三日。私は全てを振り切るように料理に没頭した。大好きな料理に向き合えば、失恋の事なんてすぐに忘れられる。本気でそう思って、料理を作ってみたけど、不思議と心は晴れずにいる。

「……失恋って、思っていたよりも辛いんだね」

 エミルとはあれ以来話せていない。背中を壁につけたまま、涙をこらえながら一人俯く。するとその時、垂れ下がっていた私の肩を、ふと誰かにが叩いてきた。


「なに暗い顔してボーっとしてるのよ」

「えっ?」

 私は驚いて顔を上げる。さっきの声には聞き覚えがあった。だけど、ここにいるはずが無い。そう思って声のした方を向いた私は、そこにあった彼女の顔を見て思わず息を呑んだ。

 綺麗な黄金色の髪をした、ツリ目で気の強そうな女の子。私はそんな彼女の…親友の名前を口にする。

「――――ラプンツェル!」

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