再び、シンデレラとカボチャの煮付け 11
一瞬、幻でも見ているのかと思った。
旅の途中で悪い魔女、ゴーテルさんに攫われ、私は塔に連れて行かれた。そこで同じように攫われ、閉じ込められていた彼女、ラプンツェルと出会った事は印象に強い。
だけどラプンツェルは、今は故郷の村で暮らしているはず。驚きのあまり目を丸くしていると、彼女は手を伸ばしてきて、わしゃわしゃと私の頭を撫でてきた。
「ちょっ、ちょっとラプンツェル」
「何だか暗いぞー。さては料理が上手く行って無いなー」
「そういうわけじゃないですけど……というかどうしてラプンツェルがここにいるんですか?」
するとラプンツェルは頭を撫でるのをやめる。そして――
「ワシが連れてきてやったんじゃ」
ラプンツェルの後ろからそんな声が聞こえてきた。そしてそれにも聞き覚えがある。慌てて後ろを覗き込むと。
「魔女さん」
そこにいたのはガラスの国にいるはずの森の魔女さん。ちょっと待って、当り前のように連れてきたって言ったけど、そもそも魔女さんがここにいる理由も分からない。
「それで、魔女さんもラプンツェルもどうしてここへ?」
「ワシは舞踏会の招待を受けたんじゃよ。それに、棘姫の様子も見たくてな。何しろ百年前に会ったきりじゃからのう」
そう言えば近々舞踏会があるとどこかで聞いたような気がする。けど、さっきの魔女さんの発言で気になった事がある。
「百年以上前って、そんな昔に棘姫さんと会ってるんですか?」
だとするといったい魔女さんはいくつなのだろう?棘姫さんは眠っている間は歳をとってなかったとしても、魔女さんはその間もちゃんと歳を重ねてきたはずだ。
とは言え不躾に年齢を聞くわけにもいかず、そのまま魔女さんの話に耳を傾ける。
「棘姫が生まれて間もない頃、ワシは城で開かれた棘姫の誕生祭に招待されてな。その時に会っとるんじゃ。じゃがその誕生祭で、招待されなかった一人の魔女がやって来てな。なぜ自分を招待しなかったのかと怒ったんじゃよ」
ずいぶん怒りっぽい魔女もいたものだ。すると同じく話を聞いていたラプンツェルが尋ねる。
「まさか、その魔女ってゴーテルじゃないよね。アイツならやりそうな気がするんだけど」
「察しが良いのう、その通りじゃよ。あ奴は招待されなかった腹いせに、棘姫に呪いをかけたんじゃ。棘姫が十五歳になったら、糸車の針に刺さって死んでしまうという呪いをな」
「ええっ?」
そんな話は初耳だ。棘姫さんが眠りについたという話ならもちろん知っているけど、死ぬのと眠るのではだいぶ違う。だけど魔女さんは驚く私をよそに、落ち着いた様子で話を続ける。
「見かねたワシは、棘姫に呪いを弱める魔法をかけたんじゃ。結果呪いは糸車に刺さっても死なない、眠りにつくだけのものになったんじゃよ」
「それって、お城が百年眠ることになった話ですよね。魔女さん、そんな大事にかかわっていたんですね」
おそらく教科書にも載る大事件だ。魔女さんがそんな出来事の当事者だなんて思わなかった。
「まあ効果を弱めた代償に、棘姫だけでなく城全体が眠ることになったがの。ゴーテルはゴーテルで城を棘で覆って誰も近づけないようにしてたのう。おかげで眠りを覚ますのに百年かかったわい」
「え、城に近づけなくなるのと眠りから覚めるのにどんな関係があるの?」
ラプンツェルが疑問を口にすると、魔女さんはそれに答える。
「眠りを覚ますには誰かが呪いをかけられた棘姫にキスをする必要があるんじゃよ。多くの呪いは切実な思いのこもったキスに弱いからのう」
「キス、ね。当然魚の鱚じゃなくて口づけの事だよね」
「当り前じゃ。鱚の天ぷらなんぞで解ける呪いなんぞ普通は無い」
エミルにかけられたカエルの呪いは鱚の天ぷらで治ったけどね。けど、要するに毒リンゴの呪いの解き方と同じという事だ。けどお城が棘で閉ざされたのでは、誰もキスをしに行けないだろう。
「城に近づけないことに、みんな頭を悩ませておったが、少し前に勇敢な男が城に乗り込んで呪いを解いたそうじゃ。おかげで城が目を覚まして、最近になってようやく落ち着いてきたから祝いも兼ねて舞踏会を開くというんじゃ。それで、事件の当事者であるワシにも招待状が届いたんじゃよ」
「そうだったんですか。それにしても魔女さん、やっぱり優しいですね。呪いを弱めてあげただなんて」
「別に優しくなんかないぞ。ゴーテルにムカついたからやってやっただけじゃ。断じて棘姫の為なんかじゃないぞ」
魔女さんは相変わらずツンデレのようだ。魔女さんの事情話分かったところで、私は今度はラプンツェルに目を向ける。するとそれに気付いた彼女は口を開く。
「アタシは婆ちゃんが棘の国に行くって聞いたから、どんな所なのか興味があったんでついてきたの。ずっと塔の中に閉じ込められていたんだもん、たくさん外の世界を見てみたいじゃん」
「実はゴーテルが悪さをした時はすぐ連絡ができるよう、ラプンツェルにも水晶玉を渡してあってな。話を聞いたら自分も連れて行けって五月蠅いんじゃよ。まあちょうど棘の国にシンデレラがいるってことをうっかり言ってしまったワシも悪いんじゃがな」
「ちょっと婆ちゃん!」
ラプンツェルは慌てたように声を出す。それって、私に会いに来てくれたってこと?するとラプンツェルは恥ずかしそうに私を見る。
「別に良いじゃない……アンタは何だかほわほわしているから、ちゃんと上手くやれているか気になったのよ」
そう言ってから照れたようにそっぽを向くラプンツェル。けれど、私はそんな彼女の言葉がとても嬉しかった。
「ありがとうラプンツェル!私もまたラプンツェルに会えてとっても嬉しいです!」
私はラプンツェルの手を取り、素直な気持ちを言葉にする。すると彼女は再び私に向き直る。
「大袈裟ねえ。それはそうと立ち話もなんだし、どこか店に入らない?アンタの事だから、きっと美味しい店がどこか知ってるんでしょう
もちろん。ちょうど近くに、今から行こうと思っていた評判のいいカフェがある。
「ここから少し歩いたところにあるお店が美味しいそうです。そこでお昼にしませんか?」
「賛成。婆ちゃんもそれでいい?」
「しょうがないねえ。それじゃあ付き合ってやるよ」
魔女さんの承諾も貰い、私達はそろってカフェへ向かって歩き出す。魔女さんやラプンツェルと話して、町を歩く。ただそれだけのことなのに、なぜかとても嬉しく思えるのだった。
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