シンデレラと恐いオオカミ 2

 太陽がちょうど真上に差し掛かった頃、私とエミルは料理長から教えてもらった赤ずきんのお宅の前まで来ていた。


「エミル、私の服装変じゃないかな?髪、乱れて無い?印象悪くしたりしない?」


 玄関のドアをたたく直前になって、急にそんな事が心配になってくる。

 取材をする時はいつも緊張してしまう。おかしな所が無いかもう一度自身の格好を見直していると、エミルが苦笑する。


「心配しなくても、君は可愛いし、悪い印象なんて与えないよ」

「そう?でも、エミルは私がどんな格好でもそう言ってくるからねえ」


 だから正直、どれくらい当てになるかが分からない。するとエミルは心外そうに言ってくる。


「僕ってそんなに信用無い?」

「ううん、そう言うわけじゃないけど。私、エミルと会うくらいまでは服装に無頓着だったから、ちょっと自信がなくて」


 私がそう言うと、不意にエミルが手を伸ばしてきた。

 何だろうと思う間もなく、その綺麗な手で私の両頬を抑え、ジッと私の目を見る。


「大丈夫だよ。その格好も髪もとても綺麗なんだから。それとも、やっぱり僕の言う事が信じられないの?」

「それは……」


 エミルに見つめられ、言葉に詰まる。どう返せばいいか思考を巡らせていると、不意にガチャッという音がした。

 音のした方に目をやると、いつの間にか家のドアが開いていて、そこから一人の少女がこっちを見ていた。


 赤色の頭巾を被った小さな女の子。この子が、料理長の言っていた赤ずきんだろうか。そう思っていると、少女は見る見るうちにその頭巾の色のように頬を赤く染め始めた。


「失礼しました!」


 そう言ったかと思うと、少女は勢いよくドアを閉める。


「待って。私達、貴女に用があって来たの。お願いだからここを開けて」


 慌ててドアを叩くと、ドア越しに少女の声が返ってきた。


「ごめんなさい。貴女達のお邪魔をするつもりはなかったの。けど、何も人の家の前でいちゃつかなくても」

「いちゃつく?どういう事?」


 少女の言っている事が良く分からず首を傾げていると、エミルが言い難そうに言ってきた。


「たぶんさっきの僕等を見て勘違いしたんだろうね。確かに傍から見ればそう勘違いしてもおかしくない体勢だったかも」

「ええぇー!」


 それであの子は恥ずかしくなって家の中に戻っちゃったわけか。けど、そんな風に見られてたなんて。


「エミル、何てことしてくれたの」

「ゴメン。今回は僕が悪かった。人の家の前でする事じゃないね」


 エミルは素直に頭を下げる。元々は身だしなみに自信が無いと言った私の背中を押すためなのだからあまり文句は言えないけど、それでもあんな小さな子に勘違いされたというのは恥ずかしい。誤解を解く為にもちゃんとあの子と話をしないと。


「ねえ、ここを開けてくれない。貴女とお話がしたいの」

「嘘だ。きっといちゃついているところを邪魔されて怒ってるんだ。開けたら酷い目に遭う。恋に狂った女性は皆恐ろしくなるって本に書いてあった」

「どんな本読んでるのッ?」


 まずい、このままでは話を聞くどころでは無い。するとエミルが優しい声で家の中の少女に語りかける。


「大丈夫だよ。このお姉さんは恋とは無縁の料理のことしか頭にない人だから。君の思っているような恐ろしい女の人なんかじゃないよ」


 恋とは無縁というのは事は間違いないけど、こんな風に他の人から言われるとちょっとショックだ。エミル、私だって一応年頃の女の子なんだよ。

 けどエミルの言葉で警戒心が薄くなったのか、少女の声が返ってきた。


「本当?怒って無い?」

「怒ってないよ。私達、そもそも貴女が思っているような関係じゃないから。ちょっとだけで良いから、このドアを開けてくれないかな」


 すると本当に少しだけだけど、小さくドアが開いた。そして中から赤い頭巾の少女がこっちを見ている。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん、恋人じゃないの?」


 まだ疑っているようだ。まずはこの誤解を解かないと話が進みそうにないな。


「うん、全然そんなんじゃないから。さっきも言ったとおり、私は料理の事しか頭にないし、エミルは……よく分からないけど、私達が恋人という事は絶対にないから」

「絶対?」

「うん、絶対。未来永劫、何があってもそれだけは無いから」


 エミルは王子様だしね。身分も違うし、それは絶対にありえないよ。


「だから安心して。もちろん君を虐めたりもしないよ。だからもう少しだけ、このドアを開けてくれないかな」


 するとまた少しドアが開く。良かった、徐々に警戒心が解けてきている。だけどふと隣を見ると、なんだかエミルが落ち込んだ様な顔をしている。


「エミル、どうしたの?気分でも悪いの?」


 旅の疲れが今出たのだろうか。するとエミルは力の無い声で答えた。


「いや、大丈夫。少しショックな事があっただけだから」


 ショックなこと?このタイミングでショックなことって……あ、もしかして私と恋人扱いされた事がショックだったのだろうか。

 自虐的な考えではあるけど、さっきの一連の話の流れを思うと、それくらいしか思い浮かばない。


「そう落ち込まないでよ。ちゃんと誤解も解けたみたいだし。大丈夫、私はエミルの事を全然そう言う風に見ていないから、きっともう間違えられることも無いよ」

「全然?微塵も無いって事?」

「うん。全く、微塵も無いから。ゴメンね、これからは誤解されないように街中では距離を置いた方が良いかな?」


 正直悲しくなるような事を言っている自覚はあるけど、仕方が無い。


「やっぱり誤解なんて受けたら、エミルだって気分悪いわよね。他に対策法は何があるかしら。話をしない、目を合わせない、他人のように振る舞う……」


 我ながらちょっと極端なことを言っている気がするけど、残念ながら私の貧困な想像力ではこんなアイディアしか浮かばない。すると勢いよくドアが開き、中から赤ずきんが顔を出した。


「お姉ちゃんもうやめてあげて!お兄ちゃんが可哀そう!」


 え、可哀そうって、二度とその可哀そうな誤解をされないようにこうして考えているんだけど。するとエミルは優しい顔で赤ずきんに言った。


「僕は大丈夫だよ、彼女のこういった言動には慣れてるからね。ありがとう、心配してくれて」


 赤ずきんの頭を優しく撫でる。破壊力抜群のエミルの微笑みにうっとりとする赤ずきん。誤解の件はともかく、どうやら彼女は完全に警戒心を解いてくれたようだ。これでようやく本題を切りだすことが出来る。


「君、赤ずきんだよね。私、シンデレラって言って、料理の修業をしながら大陸を旅しているの」

「料理の修行。という事は、お婆ちゃんに用があるの?」

「うん。君のお婆ちゃんが伝説の料理人だって聞いて、どんな人か会ってみたいんだけど」

「ちょっと待ってシンデレラ。なんだか話が大きくなってない?料理人だっていうのは聞いたけど、伝説だなんて言われてたっけ?」


 あれ、言ってなかったっけ?私が大袈裟に受け取ってしまっていたのかと思ったけど、すかさず赤ずきんが言ってきた。


「ううん、間違ってないよ。お婆ちゃんは生きる伝説と言われた町一番の料理人だもん」

「え、本当にそうだったの?」


 驚くエミルに、赤ずきんはこっくりと頷いた。 


「うん。私がそう思ってる」

「それって、君が勝手に言っているだけじゃ……」

「そんな事ないよ。お婆ちゃんは料理の天才だもん。一般的な家庭料理から、遥か東の国の料理まで、数多の料理を研究しているような人なんだよ。昔料理修行のために大陸中を旅したこともあるって言ってた」

「そんなに凄い人なの!?」


 思わず声を上げる。そんなにも料理を探求する人がいるだなんて。


「シンデレラ、鏡を見てみなよ。似たような人が映るはずだから。だけど、まさかシンデレラみたいな料理マニアが他にもいるなんてね。でも、もう引退してるんだよね」

「確かにだいぶ前にお店はやめてるけど、それでも料理の探求は続けてるよ。せっかく引退したんだからたっぷり出来た時間を使って新しい味を作っていくんだって日夜料理に明け暮れてるよ」


 本当に凄い人のようだ。気分が高揚するのを抑え、私は赤ずきんに尋ねる。


「それで、貴女のお婆ちゃんは今どこへ?」

「森の中のお家で暮らしてる。丁度今から行こうとしていたところだから、良かったら案内しようか?」

「良いの?」


 やった。これで伝説の料理人に教えを請う事が出来るかもしれない。だけどここでエミルが待ったをかけた。


「ちょっと待って。確か森にはオオカミが出て人を襲うって言ってなかった?そんな所に行って大丈夫なの?」

「平気だよ。お婆ちゃんの家に行くまでの道ではオオカミを見かけたという話は聞かないもん。私も何度も行ってますけど会った事は無いし、お婆ちゃんだってそうだもん。きっとオオカミが出るのは森の反対側とかだよ」

「それはそうかもしれないけど、やっぱり不用心じゃないの?」


 エミルはなおも反対する。けど私としては、そんな人と会えるチャンスを棒に振りたくはない。


「心配ならエミルは町で待ってて。大丈夫、オオカミと会っても走って逃げれば良いし」

「そうはいかないよ。行くなら当然僕も同行する。そんな危険な場所なら、君達だけで行かせるのは心配だからね」


 確かに、もし森でオオカミと遭遇したらエミルがいた方が心強いだろう。エミルは護身用の剣も持っているし。

 エミルの剣の腕がどれほどのものかは知らないけど、女の私や小さい赤ずきんよりも頼りになる事は間違いないだろう。


 だけど、ちょっと意外だ。エミルの事だから、そんな危ない場所には行ってはいけないって言うかと思っていたのに。その事を尋ねると、エミルは苦笑しながら答えてくれた。


「行くなって言っても、君は行くんでしょ。だったら止めたりはしないよ」


 エミルは何でもお見通しのようだ。確かにここでエミルに止められても、彼の目を盗んで一人でも森に行っていただろう。

 私は同行すると言ってくれた彼に、ありがとうとお礼を言った。

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