御伽噺はまだまだ続く

シンデレラと恐いオオカミ 1

 日が沈み辺りが暗くなってきて、表を歩く人の姿も次第に少なくなっていく。

 私がいるのは城下町にある見慣れた自宅のリビング。部屋の真ん中にあるテーブルでは姉さんが一人椅子に腰かけて、一升瓶を片手に私の用意した料理をむさぼっていた。


「姉さん、もうその辺でやめた方が。飲みすぎ食べすぎは体に毒ですよ」


 姉さんは昼間からこの調子で食べては飲んでを繰り返していた。私はそんな義姉さんを心配したのだけど、義姉さんはまるで話を聞こうとしない。


「アンタは五月蠅いねえ。良いから料理をじゃんじゃん持ってきな。私は機嫌が悪いんだよ」


 そう言って食事に戻る。その姿はもはや暴食の化身と言っても過言ではない。なんでも目をつけていた男性に別れを告げられたとかで、帰って来てからずっとこんな感じなのだ。


「まったくあの甲斐性無しめ。私がちょっと食べすぎてカード破産させたくらいで別れるとか言い出して。あんな金無し、こっちから願い下げだよ」


 この場にいない男性に向かって悪態をついている。義姉さんには悪いけど、私はその人に同情する。カード破産するまで付き合ってくれていたことに感謝したいくらいだ。

 そんな事を考えていると、義姉さんが再び私を見た。


「何をしているんだい、料理を作れって言ったじゃないか。ぼさっとしてないで、さっさと台所へお行き。アンタは料理以外は取り柄なんてないんだから、せめてそれくらいは頑張りな」


 そう言われても。料理を食べてくれるのはもちろん嬉しいけど、やっぱり義姉さんの体が心配だよ。食べてくれる人の健康をないがしろにするだなんて、料理を作る者としてあってはならない。ここは心を鬼にしてちゃんと断らないと。


「姉さん、もうこれ以上は……」

「さっさと作れって言ってるだろ!私を餓死させたいのかい?」

「……わかりました」


 これだけ食べておいて餓死することは無いだろうけど、やはり私は義姉さんには逆らえないんだ。料理を作れるのは嬉しいんだけど、何だか複雑な気分。

 私は義姉さんに言われるまま、重い足取りで台所に向かおうと歩き出す。すると。


「今帰ったよ」


 玄関の扉が開き、継母が帰ってきた。

 リビングに入って来た継母は、そこにある惨状を目の当たりにして目を丸くする。


「アンタはまたこんなに食べて。この家のエンゲル係数がどうなってると思ってるんだい?」

「だって、食べないとやってられないんだもん」


 怒られたと言いうのに、義姉さんに反省した様子は見られない。すると継母の怒りの矛先は私に向いた。


「シンデレラ、だいたいお前が料理なんて作るから私の娘が食べるんじゃないか。お前は当分料理禁止だよ」

「ええー?」


 そんな、私は料理を作らないと生きていけない体なのに。そしてこれには義姉さんも異議を唱えた。


「そういうわけにはいかないね。シンデレラ、良いから料理を作れ!」

「作ったら許さないよ。育ててやっている恩を仇で返す気かい」


 どうしよう。私としてはもちろん作りたいんだけど、そうしたら継母に怒られてしまう。だけど作らなかったら今度は義姉さんが恐い。


「シンデレラ、どうするんだい」

「どっちの命令を聞くか、ハッキリ決めてもらおうじゃないか」


 二人同時に詰め寄られ、何も答える事が出来ない。私はただ、普通にお料理をしたいだけなのに。

 ああ、何だか目の前が真っ暗になってきた。視界がぼやけ、義姉さんや継母の姿も良く見えない。追い詰められた極限状態の中で、私の意識は遠のいて行った。








「……レラ……シンデレラ」


 誰かが私を呼んでいる。

 だんだんと意識がはっきりしてくる。まどろみの中目を開くと、見知った顔が私を覗き込んでいる。


「…エ……ミル?」


 ぼんやりとした頭で彼の名を口にすると、エミルは笑顔で挨拶をしてきた。


「おはようシンデレラ。随分眠たそうだけど、起きられる?」


 だんだんと意識がはっきりしてくる。

 私はエミルと旅をしていて、昨日も長い街道を歩いて、この町にやってきたのだ。到着したのは夜遅くで、それから宿を探したものだからもうクタクタ。ベッドに入った私はすぐに意識を失い、今まで眠っていたというわけだ。


「エミル、起こしに来てくれたの?」

「うん、朝食の時間になっても君が来なかったからね。だいぶうなされて居たみたいだけど、大丈夫?」

「うん。ちょっと昔の事を思い出しただけだから」


 夢で見ていたのはまだエミルと出会ってもいなかった頃。暴食魔人の義姉さんと当たりのキツイ継母と暮らしていた頃の、ありふれた出来事だった。


「あの頃は…楽しくなかったなあ」


 思わず声が漏れてしまった。するとエミルが心配そうに私を見る。


「本当に大丈夫?疲れが残っているのなら、もう少し寝ておく?昨日は随分と歩いたし」


 エミルはそういうけど、私は首を横に振った。


「朝はちゃんと起きて朝食をとらないと不健康よ。すぐに準備していくから、先に食堂に行ってて」

「ならいいけど……ねえシンデレラ」

「何?」

「君は今幸せ?」


 急にそんな事を聞いてきた。間違いなくさっきの私の楽しくなかった発言を聞いたせいだろう。けど、そんなに心配しなくても良い。だって……


「とっても幸せ。だって、こんな風にお料理修業の旅をしてるんですもの。昔とは大違い、毎日が輝いているわ」


 その言葉で、エミルはようやく笑顔になる。

 良かった。エミルだって連日の旅で疲れているだろうし、いらない心配はかけたくない。


「そういえばエミルは大丈夫なの?疲れは残ってたり、気分が悪かったりとかしてない無い?」

「僕は平気。気分も悪くないよ。君の寝顔も堪能させてもらったしね」


 そう言われて急に恥ずかしくなってくる。そりゃあ確かに、寝坊したら起こしに来てとは言ったのは私だけど。

 エミルが部屋を出て行き、私は頭を切り替えてう~んと手足を伸ばす。

 旅をするのはやっぱり疲れるけど、エミルがいてくれるから寂しくはないし、今は毎日笑っていられる。

 そして何より、新たな料理を学べる事がやっぱり嬉しい。この町ではどんな料理の勉強ができるだろうか、期待に胸を躍らせながら、私はベッドから起きた。




 食堂でエミルと二人して朝食をとる。

 宿泊客の奥はもうすでに朝食を済ませた後のようで、人影もまばら。けどそのおかげで出来る事もある。

 私は朝食を運んできてくれたウェイターさんに尋ねてみた。


「すみません、この町で料理の勉強を出来る所ってありませんか?」

「料理の勉強ねえ。料理長、何か知らない?」


 すると厨房から顔をのぞかせた料理長が答えてくれる。


「ここは小さな町だからね。せいぜい主婦の集まった料理教室くらいしかないよ。後は資料館に行けば食文化に書かれた本でもあるんじゃないか」


 まあ無難な答えだ。腕の良い料理人を紹介してもらい取材させてもらったこともあったけど、いつもそう言うわけにはいかない。

 後で資料館にでも行ってみよう。そう思いながらパンにイチゴジャムを塗って口に運ぶと。


「あれ、このイチゴジャム、ちょっと普通のと違いますね」


 何の気なしに使ったジャムだったけど、それは普段口にするイチゴジャムよりも甘味が強く、それでいてどこかさっぱりとした味だった。


「お嬢ちゃん味の違いが分かるね。そのジャムは絶品だろ。何せこの町一番の料理人が作ったお手製のジャムなんだから」

「町一番の料理人?」


 その言葉に私は喰いついた。


「すみません、その人の事を詳しく教えてもらえませんか?」


 興奮気味の私に、料理長は圧倒される。そんな私をエミルがなだめた。


「落ち着きなって。まずは事情を放さないと、皆びっくりしてるよ。すみません、実はこの子は料理人で、今は料理修行のために旅をしているんです」

「ああなるほど。それで料理の勉強をしようとしていたわけか。けど、このジャムを作った人に会うのは難しいかもな」

「どうしてですか?」

「その人というのが、もう結構な歳のお婆さんでね。随分前に引退しているんだよ。今では森の奥にある一軒屋に一人で暮らしているそうだ。こうやってジャムは作っているんだけど、それもお孫さんが売りに来ていて、本人の姿は随分見ていないな。俺も指導を受けたいって思った事があるんだけどな」


 料理長は残念そうに言う。


「でしたら、その人の家がどこにあるかは分かりませんか?森の奥にあるんですよね」


 そう言うと料理長は慌てて言った。


「森に行くなんてとんでもない。最近森にはオオカミが出て、人が襲われてるんだ。危なくて近づけやしないよ」

「オオカミが?でもそれじゃあ、そんな所に住んでるお婆さんは危険なんじゃ」

「俺もそう思うよ。でもその家が気にいってるのか知らないけど、森を出る気は無いらしいんだ。赤ずきんも危ないから町で暮らそうって言っているらしいんだけどね」

「赤ずきん?」


 初めて聞く名前に首を傾げる。


「ああ、その料理人のお婆さんのお孫さんだよ。いつも赤い頭巾を被っているから、みんな赤ずきんって呼んでいるんだ。このジャムを売りに来るのもその子なんだよ」


 料理人のお婆さんのお孫さん。ジャムを売りに来るという事は、その子はお婆さんと会っているという事だ。


「すみません、それじゃあその赤ずきんがどこにいるかは分かりませんか?」

「赤ずきんならこの町に住んでいるよ。会うつもりかい?」


 もちろん。可能性があるならどんなことでもやるつもりだ。その赤ずきんを訪ねれば、料理人のお婆さんとも会えるかもしれない。


「随分とやる気になってるね。このジャム、そんなに気にったの?」


 エミルが聞いてきて、私はそれに頷いた。


「一口食べた瞬間、何故だかピンと来たの。このジャムを作った人に、絶対に教えを請うべきだって。そう思った根拠はないけど、この直感を信じたい」


「君は一度スイッチが入ったら止まらないからね。すみません、僕からもお願いします。その赤ずきんって子の居場所を教えてもらえませんか」

「まあ、そこまで言うなら」


 料理長は赤ずきんの家の住所を教えてくれた。

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