シンデレラと毒リンゴ 12

 エミルの提案で、私達は白雪姫さんに会うためにお城にやって来ていた。

 以前魔女さんに頼んでエミルのお城の厨房に潜り込ませてもらったことはあったけど、今回はその時とは違ってちゃんと正面から。偽のバイトではなく正式なエミルの付き人として中に入っている。


 服はちゃんとその場に似合った物をエミルが見繕ってくれたけど、ちゃんと着こなせているかどうかが心配だった。

 エミルはいつも通り振る舞えばいいって言ってくれたけど、やっぱり緊張してしまう。それに白雪姫さんは私に良い印象は抱いてないだろうから、会った時に何と言われるか。想像しただけでなんだか胃が痛くなってしまう。

 そうして不安な気持ちのまま、白雪姫さんと対面したのだけど。


「ガラスの国から王子がお見えになったと聞きましたけど、まさかそれが貴方だったなんて…これは運命ですね」


 謁見の間に通され、白雪姫さんと対面したまでは良かったけど、彼女はエミルを見るなりうっとりと目を細め、そのまま歩み寄って行ったのだ。


「最初お会いした時から貴方に溢れる気品は感じておりましたわ。こうしてわざわざ会いに来て下さるなんて……感激です」

「いえ、僕は別にそんな大した奴じゃありません。少し…いや、だいぶ美化されてますよ」


 白雪姫さんの勢いにエミルが圧倒されている。手はがっしりと握られていて、何があっても放すものかという白雪姫さんの強い意志が感じられる。

 謁見の間には多数の兵隊さんがいるけれど、誰も彼女に突っ込めずにいる。私も手を放してもらいたいとは思うけど、ここで出しゃばって意見をするわけにもいかない。不本意だけどここは見守るしかなさそうだ。


「わたくし、あれから毎日貴方のことが頭から離れませんの。寝ても覚めても、考えるのは貴方のことばかり。貴方がどこで何をしているか、ずっと気になっていました。けどずっと城下にいらしてたんですね。こんなことなら兵をあげて探しておけばよかったですわ。そうしたらもっと早くに再会できてましたのに」

「そうならなくて助かっ……そこまで想ってもらえるなんて光栄です」


 白雪姫さんの機嫌を損ねまいと、エミルも言葉を選んでいる様子。

 あんなことがあったのだから彼女はエミルと会いたくないんじゃないかと思っていたけど、そんなことは無かった。だけどこれは早いとこ話を切り出しておかないと、相手のペースに呑まれてしまいそうだ。


「あの後は大変だったでしょう。お妃の問題は解決しても、国の為にやらなければならないことも多いでしょうし」

「心配してくださるのですか!ああ、やはりあなたはお優しい方ですわ。貴方のような方が傍にいてくれたらどれだけ心強いでしょうか……」


 あ、これは白雪姫さんが目を覚ました時と同じパターンだ。きっとエミルを傍に置こうとしているのだろう。


 白雪姫さん、相手が王子だと分かっても言うことは変わらないみたい。いや、王子だからこそなおさら気に入ってしまったのかも。二人とも立場としてはつり合いが取れるわけだし。

 そんな二人の様子を見ながら、平民の出である自分にちょっとだけ劣等感を抱いてしまう。

 今は一緒に旅をしているけど、本来ならエミルは雲の上の人だし。エミルはもし私に好きだと言われてもきっと迷惑なんだろうな。

 そんな事を考えていたけど、ハッと我に返った。いけない、今はそんな事を考えている場合じゃない。リンゴを守るためにも、まずは白雪姫さんと話をしないと。

 見ると身の危険を感じたらしいエミルは握られていた手を何とか放してもらい、真顔になって問いかける。


「そういえば噂で聞いたのですが、国中のリンゴ園を営業停止にするそうですね。食の安全を考えた配慮、素晴らしいけどちょっと残念です。この国のリンゴはうちの国でも評判がいいのに、もう気軽に手に入らないんですね」


 白雪姫さんはエミルの事を気に入っているようだし、もしかしたらこう言えば考え直してくれるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いたけど、白雪姫さんは途端に表情を曇らせた。


「我が国のリンゴをお誉め下さってありがとうございます。しかし安全性を考えると仕方の無い事なのです。わたくしも心が痛みますが、リンゴは危険ですから」

「―――ッ!そんなことありません!」


 いけない。リンゴが危険だなんて言うものだから、つい声を上げてしまっていた。白雪姫さんもその場にいた兵隊さん達も、一斉に私に目を向ける。


 しまったと思ったけど、どうせもう注目を集めてしまったのだ。このまま言いたい事を言ってやろう。


「リンゴは決して危険な物なんかじゃありません。ちゃんと仕分けさえしていれば問題無いはずです。それなのに営業停止だなんて、リンゴ農家の人達が可哀想です。どうかお考え直し下さい」

「何ですかいきなり。そもそも貴女はいったい……」


 突然の乱入に白雪姫さんは呆気にとられたようだったけど、何を思ったのか私の顔をまじまじと見つめてくる。するとだんだんと白雪姫さんは青ざめていき……


「ああーっ!貴女はあの時のレズ娘―っ!」


 白雪姫さんの絶叫が部屋中に響き、兵隊さん達がギョッとした顔で私を見る。それは誤解なのに、酷いレッテルをはられたものである。


「あ、貴女いったいどうしてここへ?いつの間に入って来たの?」


 声を震わせながら私を見る白雪姫さん。いや、いつからも何もさっきからエミルのすぐ後ろにいたんだけど。どうやら白雪姫さん、エミル以外は目に入っていなかったようだ。


「白雪姫、彼女は僕の付き人です。どうかこの場にいる事をご容赦ください」


 エミルの言葉に白雪姫さんは顔をしかめたけど、すぐ何事もなかったように繕った。


「分かりました。貴方がそうおっしゃるのなら。ですがその子が先ほど言ったことは認められませんわ。リンゴ園はしばらくの間営業停止です」

「そんなのあんまりです。今までのやり方でもちゃんと毒リンゴとそうでないものの区別はできていたそうじゃないですか。白雪姫さんが眠ってしまった時も、毒リンゴだと分かって食べたんじゃないんですか?イケメンとキスがしたかったから」


 小人さん達の家での話を聞くとそうとしか思えない。だけど言い方がちょっと不味かった。途端に兵隊さん達が声を上げる。


「貴様!姫に向かって無礼であろう」

「我らが姫を侮辱する気か!」


 鋭い目で睨まれ、思わず畏縮してしまう。だけど……


「構いません、この子が言っている事に間違いはありません」


 意外にも白雪姫さんは怒るのではなく、兵隊さん達を黙らせてくれた。


「確かに貴女の言う通り、あの時わたくしは毒リンゴと知ってて口にしましたわ。イケメンとキスをしたいという欲望のままに」


 え、認めちゃって良いの?

 この開き直りにはエミルも、さっき私に怒った兵隊さんも唖然としている。だけど白雪姫さんはそれを気にする様子もなく話を続ける。


「イケメンとキスがしたい。そんな女の子ならだれもが憧れる夢を叶えるため、毒リンゴを口にしてしまいました。ですが今思えば愚かだったとしか言いようがありません。そのせいであんな…あんな事に……!」


 怨めしそうに私を睨む。その目には涙も浮かんでいて、未だ根に持っていることがよく分かる。


「あんなことがあって私は思ったのです。毒リンゴを放置しておいてはいけない、このままではどこかでわたくしと同じような悲劇が起こってしまうのではないかと。ファーストキスを汚されるなんて悲劇は、わたくしだけで十分です」


 いや、あんなバカなことをする人がそうそういるとは思えないけど。いや待てよ、リンゴ園にいた女の子も似たような事を言っていたからそうでもないのかも。


「ですが、それにしたって他にやり方が……」

「お黙りなさい!そりゃあ貴女にとっては良かったかもしれませんが、わたくしはそっちの趣味は無いんですのよ!」


 私にだってそんな趣味は無いよ!

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