シンデレラと毒リンゴ 11

 話をした翌日、私達はリンゴ園へとやってきた。エミルと出かけるのも嬉しいし、リンゴ狩りも楽しそうだし、今日は良い日になりそう。そう思いながらここまで来たのだけど。


「いったいどうしたんだろう?」


 リンゴ園は何だか物々しい空気に包まれていた。どういうわけか何人のも兵隊さんが出入りしていて、彼らの表情は険しい。勿論彼等はリンゴ狩りに来たというわけではなさそうだ。


「何だか様子がおかしいけど、中に入って良いのかな?」

「どうだろう?ちょっと聞いてみようか」


 そう言ってエミルは近くの兵隊さんに声をかける。


「すみません。僕等リンゴ狩りに来たんですけど、何なんですかこの騒ぎは」


 すると兵隊さんは申し訳なさそうな顔になる。


「わざわざ来てもらって悪いけど、リンゴ狩りはできないよ。このリンゴ園、営業停止になっちまったんだ」

「営業停止ですって?」


 思わず声を上げる。甘くておいしいリンゴが生っていると聞いていたのに、いったいどうして?


「営業停止って、何があったんですか?教えてください」

「君たち、お城の白雪姫の話は聞いたことがあるかな?実は少し前に失脚したお妃が白雪姫に毒リンゴを食べさせるという事件があってね。そのリンゴの出所がこのリンゴ園なんだ。いくら評判の良いリンゴ園でも、毒リンゴを出回らせたとなると営業停止も仕方ないな」


 その事件には私達もかかわっているけど、そう言うことなら残念だけど仕方がない。だけど納得しかけた時、急に大きな声が飛んできた。


「何が毒リンゴだ!そんなものは言いがかりだ!」


 振り返るとそこには中年の男性と、小さな女の子が立っていた。さっきの声の主はこちらの男性のようだけど、言いがかりってどういう事だろう。

 疑問に思っていると男性は兵隊さんに食って掛かっていく。


「あのリンゴは確かにうちで出たものだが、間違って出荷したわけじゃない。ちゃんと仕分けして処分しようとしておいた物を、俺らの留守中にお妃が勝手に持って行ったんだ」


 どうやらこの男性はここの責任者のようだ。だけどその話が本当なら、このリンゴ園だって被害者のようなものだ。それなのに営業停止だなんて。


「私達、悪い事なんて何にもしてないのに」


 男性の娘さんと思われる少女が涙を流す。この人達に落ち度はないようだし、これではあまりに可哀そうだ。


「何とかならないんですか?これで営業停止なんてあんまりです」


 私はそう言ったけど、兵隊さんは無常にも首を横に振る。


「残念だけどそれはできない。そもそもここだけでなく、国中のリンゴ園をいったん営業停止にしようという案も出ているくらいだ」

「国中の?いったいどうしてそんな事に?」


 どういうことだろう。他のリンゴ園はそれこそ今回の事件には無関係のはずよね。だけどその疑問に答えるようにエミルが口を開く。


「一度すべての出荷を止めて、食の安全を見直そうというわけですね」

「そう言うことだ。白雪姫は今回の事件で心を痛めているから、徹底して安全管理をしたいのだろう。まあ今までだって毒リンゴの被害はほとんどなかった訳だし、俺だってちょっとは度が過ぎるとは思うけど」

「ちょっとどころの騒ぎじゃないだろ!」


 リンゴ園のおじさんはそれこそ顔をリンゴのように真っ赤にして、怒りを露わにしている。


「俺たちは毎日頑張ってリンゴを育ててきたんだ。それを急に危険だからやめろだなんて言われても納得いくか!リンゴ農家はこの先どうやって生きていけばいいんだ!」

「何もずっとリンゴを作ってはいけないというわけじゃありません。ちゃんと安全な方法を考えて……」

「それじゃあダメなんだ!一度危険とみなされたら評判はがた落ちだ。だいたい今までだって被害なんて無かったじゃないか」


 やりきれない様子の男性。その傍らに立つ女の子も、目に涙を浮かべている。


「リンゴが作れなくなるなんてヤダー!」


 この子もよほどリンゴが好きなのだろう。可哀そうに、こんなに泣いている。


「毒リンゴだっていいじゃない。もし眠っちゃってもイケメンにキスされて起こしてもらえるのにー」


 ……どうやらこの子も、白雪姫さんと同じ思考のようだ。もしかして流行ってるのかな?


 まあそれはさておき、やっぱりこのままだとリンゴ農家の人達が可哀想。それにリンゴはこの国の特産品なのだ。それが無くなるだなんてあまりに勿体無い。


「あの、営業停止っていったいいつまでなんですか?」


 そう尋ねると、兵隊さんは言い難そうに口を開く。


「今のところ未定。もしかしたら、この国の毒リンゴを全て根絶しにして、その後になるかもしれないなあ」

「それって何年…いえ、何十年先の話ですか?」


 いくらなんでもそれは長すぎる。私はすがるような想いでエミルに目を向ける。


「エミル、私達で何とかしてあげられないかな?」

「何とかって言われても、相手は国だからね。一筋縄ではいかないよ」


 やっぱり難しいか。力になってあげられたらとは思うけど、こればかりはどうしようもない。まさかエミルに頼んで圧力をかけてもらうわけにもいかないし。


「せめて白雪姫さんと話が出来れば頼めるかもしれないのに。また小人さんの家に顔を出してくれないかな」

「どうだろう、今や白雪姫はこの国のトップだからね。あんな森の中に気軽に行けるかどうか」


 確かにそうかも。王子様のエミルはガラスの国にいた頃、よく森の中にあったお菓子の家を訪れていたような気もするけど。

 けど今回はそれとは事情が違う。そもそも、トラウマを植え付けられたであろう小人さん達の家に、白雪姫さんがわざわざ行こうとするだろうか。難しいかなあ。


「まあ会う方法が無いわけじゃないけど」

「えっ?何か手があるの?」


 そう尋ねると、エミルは少し言い難そうに答える。


「実は鏡の国のトップが変わったから、使者として挨拶をして来いって本国から連絡があったんだ。白雪姫とは色々あったから気が進まなかったんだけどね」

「白雪姫さんもエミルと会うのは気まずいかも。もしかして昨日言っていた面倒な事って言うのはその事なの?」


 私の質問にエミルは頷く。確かに面倒な事かも知れないけど、今はチャンスかもしれない。


「僕がお城に行く際、君もついてくれば白雪姫と話せる機会があるかもしれない。僕の付き人ってことにすれば大丈夫だけど、行ってみる?」

「お願いできる?どうしてもこの国のリンゴを救いたいの」


 私は二つ返事で承諾する。エミルに頼ってばかりで申し訳ないとは思うけど、他に方法が無いのも事実だ。


「いつもごめんね、力を借りてばっかりで」

「気にしなくて良いよ。それに僕ができるのは白雪姫と会わせるだけ。その後ちゃんと説得できる保証は無いよ」

「そこは私が頑張るわ。難しいとは思うけど、ちゃんと話せばわかってくれるかもしれないし」


 ただ一つ心配なのは私がエミルの付き人になるという事。付き人ってことは作法にも気をつけなければいけないだろうけど、はたして私にできるだろうか。

 何しろ私は一介の庶民。上品な作法なんてまるで知らない。


「付き人なんてできるかな?もし粗相をしてしまったら、エミルにまで恥をかかせちゃう」


 そう考えるととたんに不安になってくる。私が失敗して笑われるくらいならいいけど、エミルに迷惑が掛かってはいけない。だけどエミルはそっと私の頭を撫でる。


「大丈夫、いつも通りにしていれば問題ないよ。それにもし何か失敗しても僕がフォローするから。君は君のやりたい事をやって」


 本当にエミルは優しいし頼りになる。頭を撫でられながら、私は尚も兵隊さんと口論している親子を横目で見る。

 このままリンゴが作れなくなってしまったら、彼等はどうなってしまうだろう。ここは何としても白雪姫さんを説得して、営業停止を撤回してもらわないと。私はそう決意した。

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