シンデレラと毒リンゴ 13
何とかして誤解を解きたかった。だけど興奮気味の白雪姫さんは話を聞いてくれそうにない。怨みのこもった目で私を睨んでいる。
「貴方にわたくしの気持ちが分かりますか?女の子にキスをされたあげく、よりによってそれを…え、エミルさんに見られたんですのよ!」
「それは……本当にすみませんでした。白雪姫さんのお気持ちももっともです」
本当はキスをしたのでなく掃除機でリンゴを吸い取ったんだけどね。弱々しく謝る私に、エミルが小声で尋ねてくる。
「いいの、ここで引いちゃって。君ならリンゴの為なら一歩も引かないと思っていたけど」
エミルはそういうけど、私だって今は恋を知っている女の子だ。白雪姫さんの気持ちはよく分かる。
「原因の半分は私なんだから強くは言えないよ。それにエミルだったらどう思う?もし眠っている間に男の子にキスをされていて、しかもそれを気になる女の子に見られていたとしたら」
「……死にたくなる。ゴメン、どうやら僕は事を軽く見ていたみたいだ。掃除機よりはマシだろうと思っていたけど、そうでもないかも。これは白雪姫を責めるわけにもいかないね」
弱々しく肩を落とす。それにしてもどうしよう、今更掃除機の事を話してもちっとも事態が好転する気がしないし。女の子にキスをされるのとどっちの方がきついかは分からないけど、余計に拗れる危険もある。
悩んでいると白雪姫さんが追い打ちをかけるように言ってきた。
「わたくしはこれも国の事を考えて言っているのですわ。リンゴ農家を思うあなたの気持ちは分かりますが、勢いだけで意見をされても困ります」
そんな、私は何も軽い気持ちでここに来ているわけじゃないのに。
「お言葉ですが、私は覚悟も無しに来たわけではありません。私はリンゴ農家とは関係ありませんが、それでもリンゴを愛する気持ちは彼等にも負けません。白雪姫さんの気持ちは分かりますがどうか…どうかお考え直しを」
そう言って頭を下げる。そんな私を見て白雪姫さんは何を思ったのか、傍にいた兵隊さんに何やら指示を出してどこかへ向かわせた。そして……
「顔を上げて下さい。言いたいことはよくわかりました。そこまで言うのでしたらチャンスを与えましょう」
「本当ですか?」
顔を上げて笑みを浮かべる。だけど白雪姫さんの表情は相変わらず険しい。すると先ほど白雪姫さんの指示で離れていた兵隊さんが戻ってきた。
「姫様、これを」
そう言って白雪姫さんは何かを手渡される。あれは……
「リンゴ…いえ、あれは毒リンゴ」
白雪姫さんが食べた毒リンゴと同種のものだ。どうしてそんな物をわざわざ持ってこさせたのか疑問に思っていると、エミルが尋ねてくる。
「アレが例の毒リンゴなの?見たところ普通のリンゴと変わりないけど」
「確かに一見同じに思えるけど、よく見たら違いが分かるわ。ちょっとだけツヤの質が違うのよ」
そう説明したけど、エミルは違いが分からない様子。けど、その道に精通した人なら本当に見分けることは難しくないのだ。白雪姫さんはその毒リンゴを片手に私に問いかける。
「貴女は覚悟があるとおっしゃいましたわね。どんなことをしてでもリンゴを守りたいと本気でお思い?」
「勿論ですとも。リンゴを守るためなら何でもします」
白雪姫さんの問いに躊躇いなく答える。すると白雪姫さんはスッと毒リンゴを差し出してきた。
「でしたらその覚悟を見せて下さい。貴女がこの毒リンゴを食べるのなら、わたくしもそれを認め、リンゴ園の営業停止は白紙にしますわ」
差し出されたリンゴを前にして、一瞬躊躇する。リンゴを守りたいという気持ちは本物だけどこれは……
「待って下さい、それはあまりに危険です」
エミルが声を上げる。だけど白雪姫さんは表情を崩すことは無い。
「覚悟を見せるという事はこういう事ですわ。口では何とでも言えますから、行動で示してもらわないと。無理に食べろとは言いません。例えここで食べなかったとしても、誰も貴女を責めたりはしないでしょう」
私はリンゴを食べた後の事を想像する。これを口にしてしまえば、私も白雪姫さんと同じように覚めない眠りに落ちてしまうだろう。
「言っておきますけど、貴女のような趣味の方はそうそういません。キスしてくれる女性が現るなんて都合の良いことは考えない事ですね」
いや、だからそういう趣味は無いのに。白雪姫さんは揺さぶるために言ったようだけど、あいにくそれは空振りに終わった。
けどその言葉の全てが的外れというわけではない。こんなバカな提案を呑む女にキスして起こしてくれる人なんてそうそういないだろう。だけど……
「……分かりました、このリンゴを食べれば撤回してくれるんですね」
話を聞いた時は怯んだけど、私も後には引けない。差し出されたリンゴをそっと手に取る。
「シンデレラ、いくらなんでも危険だよ」
エミルがそう言うと白雪姫さんも意外だったのか、焦ったように言う。
「い、言っときますけど、キスで必ず目を覚ますというわけではありませんわ。過去にはキスをしても目を覚まさず、死ぬまで眠り続けた人もいるという話です。事を軽く考えているのなら今すぐやめなさい」
その言葉を聞いて、つくづくこのリンゴが危険な物なのだと認識する。というか白雪姫さんはそうと知ってたのに毒リンゴを食べてたんだね。命懸けで実行するだなんて、いったいどれだけイケメンとキスをしたかったのだろう。
「悪い事は言いません、食べるのはおやめなさい。何もリンゴを根絶やしにしようというのではなく、しばらくの間栽培を止めるだけなのですから」
白雪姫さんの言うことももっともだ。だけど、そのしばらくというのがいつまでかは分からない。私が、リンゴを守らないと――
それに私は知っている。キス以外にも、毒リンゴの呪いを解く方法があるという事を。私はそっとエミルに目を向ける。
「大丈夫よエミル、心配しないで」
「シンデレラ……そうだよね、いくら何でも食べたりしないよね」
ほっと息をつくエミル。だけど私は首を横に振って、彼に言った。
「起こす方法は知っての通りよ。私が眠ってしまったら、掃除機を使ってね」
笑顔でそう言うと手にしていたリンゴをそっと口に運ぶ。
「待つんだシンデレラ!」
「ちょっと、まさか本当に…やめなさい!」
エミルだけでなく白雪姫さんまで焦った声を出す。だけど私もここで引く気は無い。真っ赤なリンゴをかじると、口の中に甘みが広がっていく。
毒リンゴと言っても味は普通のリンゴと変わりはないようだ。しかもここ鏡の国のリンゴは糖度が高くみずみずしいと評判のブランドリンゴ。舌に感じるその味を堪能すると同時に、何だか強い眠気が襲ってきた。
(ああ、これが眠りの呪いなのね)
エミルや白雪姫さん兵隊さん達が慌てた様子で私に近づいてくるけど、その動きは非常にゆっくりと感じる。何やら叫んでいるようにも見えるけど、その声はすでに私の耳には届いていない。
意識が朦朧としてくる。もしかしたら白雪姫さんの言った通り二度と目が覚めなくなるのではという気もしたけど、恐怖を感じる事が出来ないほどに感覚がマヒしていた。
(これで良い……これでリンゴは守られる)
最後にそんな事を想いながら、私は深い眠りの中に落ちて行った。
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