シンデレラと恐いオオカミ 4

 紫ずきんさんに弟子入りしてから半月が過ぎ、この町での暮らしにも慣れてきた。

 私達は町に短期滞在用の部屋を借り、そこから私は毎日森に通っては料理を習う。

 紫ずきんさんは思ったよりもスパルタで、やれ塩が多すぎるとか、やれ煮込み時間が足りないとかよく怒られるけど、なぜかそれがとても心地よかった。


「アンタは怒られる時も楽しそうにしているね」


 気持ちが顔に出ていたらしく、一度そう聞かれた事がある。

 怒られるのが嫌なわけじゃないけど、紫ずきんさんに怒られるのは継母や義姉が怒ってくるのとは違い、どこか温かさを感じていた。

 怒られた理由を真摯に受け止め改善していくことにより、より良い物が作れると思うと、少しも苦にならない。


「まだ荒さはあるけど、アンタはすぐに立派な料理人になるよ。私が保証する」


 そう言ってもらえるのが嬉しくて、私は精いっぱい頑張った。

 けど、物事の全てが順調かというと、そう言うわけでは無いのだ。紫ずきんさんに頼まれたお願い、赤ずきんの面倒を見るというのが、思っていたよりも難しかった。


「赤ずきん、苺のパイを作ったんだけど、一緒に食べない?」


 遊びに来ていた赤ずきんにそう言っておやつを差し出したんだけど、赤ずきんは何故か複雑そうな顔でそれを見る。


「これって、お姉ちゃんが作ったの?」

「そうだよ。紫ずきんさんに習ってね。美味しく出来たから、赤ずきんちゃんも食べよう」


 しかし赤ずきんは首を横に振った。


「いらない」


 それだけ言ってそっぽを向いてしまった。紫ずきんさんに弟子入りしてからというもの、赤ずきんはずっとこんな調子だ。最初こそ私の作ったご飯も食べてくれていたけど、だんだんと食べてくれなくなっていた。

 そんな赤ずきんの態度に料理人としての自信を失っていた私は、起死回生とばかりにこの苺のパイを作ったのだけど。


「どうして?苺のパイは好きだって聞いたけど」

「お婆ちゃんの作った苺のパイは好き。けど、お姉ちゃんが作ったのならいらないや。お婆ちゃんの方が美味しいもん」


 頭を殴られたような衝撃が走った。そりゃあ、紫ずきんさんに比べたら私なんてまだまだだけど、こうまで露骨に嫌がられたんじゃさすがにショックだ。するとそれを聞いていた紫ずきんさんが傍にやってきた。


「ダメじゃないそんな事言ったら。シンデレラに謝りなさい」


 紫ずきんさんが赤ずきんを叱る。だけど赤ずきんは謝ろうとしない。


「だって本当にお婆ちゃんの作った方が美味しいんだもん。こんなの食べたくない」

「赤ずきん、そんな事を言う悪い子の所には、オオカミが来て食べられちゃうよ」


 そう言って脅かすと、赤ずきんは少しひるんだけど、すぐに強気な顔に戻る。


「オオカミなんて来るわけないじゃない。もういい、家に帰る」

「あ、待って赤ずきん」


 慌てて呼び止めたけど、赤ずきんは家から出て行ってしまった。残された私達の間に気まずい空気が流れる。


「ごめんなさい、赤ずきんちゃんを怒らせてしまって」


 私に腕が無かったばっかりに機嫌を損ねてしまった。面倒を見るよう言われたのに、これはいけない。それに、なんだか赤ずきんから嫌われているというのもショックだ。小さな子とは上手くやっていける自信があったのに。

 気落ちしていると、紫ずきんさんが優しく言ってきた。


「アンタは何も悪くないよ。赤ずきん、どうしたのかねえ。あんな我儘を言うような子じゃなかったんだけど」


 首をかしげながら言う。確かに、最初会った時はもっと仲良くなれそうだったのに、なんだか日に日に嫌われていっているような気がする。


「すみません、役に立たなくて。もしかして、私のせいでかえって赤ずきんが嫌な思いをしてるんじゃ」

「気にしなくて良いよ、アンタはよく頑張ってる。あの子には今度わたしからよく言っておくから、アンタも今日はもうお帰り」

「すみません。あの、このパイはどうしましょうか?」


 せっかく作ったパイが無駄になってしまった。赤ずきんの家に行って再度渡そうかとも思ったけど、あの様子ではとても受け取ってくれそうにない。


「持って帰ってダンナにでもあげると良いよ。あの子の事だからきっと喜ぶよ」

「ダンナって……エミルの事ですか?」


 紫ずきんさんはたまにエミルの事をこう呼ぶ。どうやらまだ私達の仲を疑っているらしい。本当にそんなんじゃないのにな。


「二人でゆっくり食べて、気分転換すると良いよ。赤ずきんももったいないねえ。こんなに美味しいパイを食べないだなんて」

「いえ、私の作ったパイなんて、紫ずきんさんが作ったのに比べたら全然ですよ」

「そんなこと無いって。アンタはもっと自信を持ちな。赤ずきんだって、そのうちきっとアンタを認めてくれるから」


 そう言われると心強い。

 けど、最近の赤ずきんは頑なに私を認めようとしていない。もっと仲良くなって、一緒にご飯を食べたいのに。

 モヤモヤとした気持ちが、心の中に芽生えていった。








「赤ずきんがなついてくれないって?」


 借家に戻った私は、エミルに今日あった事を話していた。

 私が今住んでいるのは古めの1Kのアパート。少し狭いけど必要最低限の家具はついていて、なかなか住み心地の良い部屋だ。エミルもすぐ隣の同タイプの部屋を借りているけど、こうして良くどちらかの部屋に行き、その日あった事を報告し合っている。

 テーブルをはさんで椅子に腰かけながらする私の話を、エミルは熱心に聞いてくれていた。


「珍しいね、君が子供に好かれないだなんて。それに、前に会った時は赤ずきんとも普通に話していた気がするけど」

「うん、私もそう思う。だから分からないの、もしかして、知らないうちに嫌われるような事でもしたのかなあ」


 だとしたら謝らなければいけないけど、理由がはっきりしない事にはそれも出来ない。悩んでいると、エミルが優しく言ってきた。


「原因が分からないのなら、ちゃんと赤ずきんと話をしてみた方がいいと思うよ。もしかしたらちゃんと話したら、案外すぐに解決するかもしれないしね」

「そう上手くいくかなあ。けど、確かにこのまま悩んでいるよりは良いかもね。ごめんね、エミルも疲れているのに、こんな事話しちゃって」


 エミルは私が紫ずきんさんの所で料理を習っている間、少しでも路銀を稼ごうと日雇いのバイトをしていて、確か今日は猟師の狩りの手伝いをしていた筈だ。

 もちろんエミルが王子様という事は秘密にしている。もしばれたら大騒ぎになってしまうだろう。


「僕の事は気にしないで。仕事をするのって結構面白いし、いつぼろが出て正体がばれないかって言うスリルもあって、楽しくやってるよ」

「エミルは何でも楽しんじゃうんだね。そうだ、赤ずきんが食べてくれなかった苺のパイがあるんだけど、良かったら食べる?」

「もちろん」


 私は苺のパイとコーヒーを用意して、二人してパイにかじりつく。赤ずきんが食べてくれなかったのは残念だけど、こうやってエミルが食べてくれるのは嬉しい。


「そういえば、最近変わった事はない?オオカミを見たとか」


 コーヒーを飲みながらエミルが聞いてくる。オオカミって、森に出るって言うオオカミの事?


「見てはいないけど、何かあったの?」


 もしかして、また誰か襲われたのだろうか。不安になって聞いたけど、エミルは首を横に振った。


「ううん、その逆。最近オオカミを恐れて森に入る人が少なくなったせいか、被害は全く無いんだって。けど目撃情報も無いから、オオカミがどこにいるかも分からなくて。もしかしたら紫ずきんさんの家のあたりに出ていないかと思ったんだけど」

「それなら大丈夫。今のところオオカミの足跡も見ていないわ。案外森の奥に引っ込んで、もう人を襲ったりしないんじゃないの」

「だと良いけど」


 エミルはどこか遠くを見るような眼をする。


「シンデレラ、もし君がオオカミを見かけたら、その時は教えてね。何人も人を襲ってる危険な奴だから全力で逃げて、必ず僕に伝えるんだよ」

「うん、そうする。私もオオカミに食べられたくないしね」


 食べるのも作るのも好きだけど、食べられるのだけはごめんだ。そんな事を考えながら、私はパイをほおぼった。







 苺のパイを焼いた次の日、今日も私は紫ずきんさんの所に料理の勉強をしに来ていた。

 紫ずきんさんと二人、台所に立って料理をしていると、玄関のドアが開いて赤ずきんが顔をのぞかせた。


「赤ずきん、いらっしゃい」


 そう言って出迎えたけど、赤ずきんはジトっとした目で私を見ていった。


「今日も来てたの?」


 なんだか明らかに嫌そうな顔をしている。けど、ここで億してはいけない。私は早速さっき作っていた物を持って来た。


「今日は紫ずきんさんと一緒に苺大福を作ったんだよ。赤ずきんも好きだよね」

「……苺大福」


 あ、なんだか目が輝き出した。紫ずきんさんから赤ずきんは苺が好物だと、前に教えてもらっていた。昨日の苺のパイは不発に終わったけど、これは手ごたえがありそうだ。そう思ったけど……


「いらない」


 赤ずきんは苺大福から目を反らし、私から離れていく。


「ねえお婆ちゃん、一緒にお花畑に行こう。森の奥に、沢山花が咲いている場所があったじゃない」


 紫ずきんさんの手をひっぱりながらねだる赤ずきん。だけど紫ずきんさんは言い難そうに言った。


「赤ずきん、あの花畑は今の季節は花は咲いていないんだよ」

「それでも良いよ。ねえ、一緒に行こう」


 直もせがむ赤ずきん。だけどこれは仲良くなるチャンスかもしれない。


「それじゃあ、私と一緒に行かない。私もそのお花畑を見てみたいな」


 ここぞとばかりにそう提案する。だけど帰ってきた答えは無常だった。


「ヤダ」


 さっきまであんなに行きたがっていたというのに、とたんに赤ずきんは興味を無くしたみたいに言った。これはどう考えても私を嫌っているとしか思えない。


「どうして、私と一緒に行くのは嫌?」

「うん、嫌」


 ためらいなくそう言い放つ赤ずきん。子供の純粋さというのは時として大人を傷つける事があると思い知らされる。


「こら赤ずきん、何てことを言うんだい。シンデレラがお前に何か悪い事でもしたかい?」


 見かねた紫ずきんが赤ずきんを叱った。とたんに赤ずきんが泣きそうな顔になる。


「赤ずきん、どうしてそんな意地悪を言うんだい?」

「だって……」


 赤ずきんは俯いて何も答えようとはしない。質問の答えは私も気になったけど、しょんぼりとする赤ずきんを見ると、これ以上は追及できない。


「紫ずきんさん、あんまり叱らないでやって下さい。きっと赤ずきんは機嫌が悪かっただけですよ。だよね」


 そう言って近づこうとしたけど、そのとたん赤ずきんは私から距離をとる。

 再度距離を詰めようとするも、赤ずきんはその度に私から離れ、とうとう台所から出て行ってしまった。


「待って、赤ずきん」


 呼び止めようとしたけれど、赤ずきんはそれを聞かずに隣の部屋に入り、閉じこもってしまった。こうなってはもうどれだけ呼びかけても返事をしてくれないだろう。


「ごめんなさい、また赤ずきんと仲良くなれませんでした」


 消沈する私の肩を、紫ずきんさんが優しくたたいてくれた。


「アンタは精いっぱいやっているよ。悪いね、あの子の面倒を見てくれなんて頼んで」

「いえ、私も赤ずきんと仲良くなりたいですから」


 最初は紫ずきんさんに言われたからだけど、今では純粋に私が赤ずきんと仲良くなりたいと願っている。けど、この調子じゃ先が思いやられるというのも事実だ。


「苺以外に、赤ずきんが好きな物ってありませんか?今夜の赤ずきんのご飯を作ってみたいんです」


 またいらないと言われるかもしれないけど、それでもまたチャレンジしてみたい。紫ずきんさんはそんな私の気持ちを察したように、赤ずきんはシチューが好きだと教えてくれた。


「森に生えているキノコや山菜を使ったシチューを、あの子は美味しいって言って食べてくれたよ。今度はそれを作ってやると良い」

「分かりました、シチューですね」


 確か冷蔵庫の中に牛乳はあったはず。具材をどうしようかと考えていると、紫ずきんさんが言った。


「今からちょっと山菜を取ってくるから、留守番しててくれるかな。少しの間休んでいると良いよ」


 私も一緒に行こうかとも思ったけど、赤ずきんが依然部屋に閉じこもったままだ。もし出かけている間に部屋から出てきて誰もいなかったら寂しい思いをさせるかもしれない。

 となると、山菜取りは紫ずきんさんに任せて、私は残った方が良いだろう。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」


 そう言って紫ずきんさんは出かけて行った。

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