番外編です グリム童話以外のキャラクターも出てきます。
番外編 シンデレラと王子と星の銀貨 1
私達が旅を始めてから、もう一カ月になる。この日、私とエミルは新しい街に足を踏み入れていた。
そこは山のふもとにある街。季節はすっかり冬へと変わっていて、町は雪で真っ白に染まっていた。
「シンデレラ、寒くない?」
エミルが聞いてきたけど、私は首を横に振った。
コートを着て、マフラーや手袋をつけて、防寒対策はばっちりだ。エミルの方も暖かそうな格好をしている。
私達はこれから分かれて町を散策するつもりだけど、その前にエミルが言ってきた。
「いい?知らない人に声をかけられてもむやみについて行っちゃいけないよ」
「大丈夫よ」
「道案内をしてくれって言われても、親切心に付け込む悪い人かもしれないから警戒はするんだよ」
「分かった、気を付ける」
「珍しい食材があるとか、レシピを教えてあげるって言われてもついて行かないようにね」
「心配ないって。エミル、私を何だと思ってるの?」
小さな子供じゃあるまいし、そんな手に引っかかるとでも思っているのだろうか?心外だったけど、エミルはなおも心配そうに私を見る。
「シンデレラは警戒心が無いというか、お人好しすぎるところがあるからね。やっぱり心配だよ」
「むう、そんなに信用無いの?」
「いや、そういうわけじゃ無いよ」
むくれた私を見て、エミルは慌てて言った。
「ただ、見ていて危ないって思う事もある。君のそういう所も好きなんだけどね」
「そうやって上手くおだてたら許すと思ってるの?」
「そういうわけじゃ無いんだけど。ゴメン、怒った?」
切なそうな目で私を見るエミル。そんな風に言われたら、怒ったなんて言えなくなってしまうから、私も甘いな。
「別に怒ってないよ。エミルの方こそ、道に迷ったりしないようにね」
「分かった。それじゃあ鐘が六つなるころ、教会前の広場で合流ね」
エミルがそう言って、私達は分かれた。エミルは視察のため、この町の偉い人の所へ、私はこの町の資料館に行って、食文化を調べるため、それぞれ歩いて行く。
僕、エミル雪降る町を歩きながら、さっき分かれたシンデレラの事を考えていた。
本人は認めようとしないけど、彼女はどこか抜けていて無防備だから、一人にする事にやはり抵抗があった。旅を始めてから、彼女は酒場で男に声をかけられたり、怪しい笛吹きに目をつけられたりと、何かとトラブルに合っているにもかかわらず、無防備だという自覚がないから困ってしまう。やはりできる限り自分が見張っておくべきかとも考えたけど。
(いや、これは心配しているんじゃなく、僕が彼女を独占したいだけか)
自分の中に合った卑しい感情を打ち消す。
僕は別に彼女を束縛したいわけじゃ無い。むしろ彼女にはもっと自由に旅を続けてほしいと思っている。
シンデレラと最初に出会った日の事を思い出す。
あの日、退屈な舞踏会を抜け出した僕は、城の中庭でコックの格好をした彼女を見つけた。こんなところで何をしているのだろうと興味本位で声をかけたのが始まりだったけど、自分の夢を活き活きと語る彼女を見て、それまでに抱いた事の無い感情が僕の中に芽生えた。
それが恋だと気づいたのは、十二時の鐘と共に彼女が去った後。どうして彼女の事を特別だと思ったのかは、正直僕にも説明はできない。
大臣に言われてお妃候補と見合いをした事もあった。お忍びで町に出た時、町人の女の子と話したこともあった。そんな彼女等とシンデレラにどんな違いがあったのかはわからない。けど、そんな理屈なんて関係なく、僕は彼女の事が忘れられずにいた。
王子としての権限をフル活用して彼女を見つけ、暇を見つけては会いに行き、今はこうして一緒に旅をしている。
シンデレラと会う前の僕にこの事を話しても、きっと信じてはくれないだろう。それくらい彼女と会う前と会った後で、僕は変わってしまったという事だ。
これからもシンデレラと共に旅を続けて行きたい。僕の気持ちに未だ彼女が気づいてくれないというのが残念だけど。
(結構アピールしてるつもりなんだけどな)
僕のやり方が間違っているのか、シンデレラが鈍感なのか。どちらにせよ成果は上がっていないというのがショックだ。
(先は長そうだけど、ゆっくり気付いてもらおう)
僕はそう思い直し、雪道を歩いて行く。
私はエミルと別れた後、資料館でこの街の食文化について書かれた本を読んでいた。
机に向かって本を読み、気になった所はメモを取る。この辺りは気温の低い地域だから、食材を保存食として加工することが多く、よりエネルギー得るために濃い味付けをすることが多いようだ。
資料を読みふけっていると、一人の職員の女性が声をかけてきた。
「姉さん旅の人かい。熱心に調べ物をしているようだけど」
「はい、この町の食文化について調べているんです」
「食文化?変わったものを調べるね。この辺の料理じゃ対して珍しいものなんてないよ」
彼女はそう言ったけど、それは違う。地元民ほど地元の料理の特徴に気付いていないものなのだ。
「この町の料理は濃い味付けが多いようです。それに、体の温まる工夫も見られます。これは味を追求すると同時に効率よく動けるように工夫しているからですね」
「へえ、そうなのかい。そんなこと考えもしなかったよ。姉さんよくわかるね」
「これでも料理人見習いですから。今、料理修業のために旅をしてるんです」
「旅って、一人旅かい?」
そう聞かれて、私は首を横に振った。
「いいえ、一緒に旅をしてくれている人がいます。彼は料理人じゃ無いですけど、とっても頼りになる人です」
「彼?なんだ、男と二人旅か。やるじゃないか」
変な所に反応された。しかもこの様子では何か勘違いをしている。
「あの、その人とは別に恋人と言うわけではなく……」
「分かった分かった。しっかり勉強して、旦那さんに美味しいご飯でも作ろうっていうんだね」
「だからそうじゃなくて」
ちゃんと説明しようとしたけど、彼女は仕事があるからと行ってしまった。まあいいや、誤解されてても問題があるわけじゃ無いしね。それにしても……
私は窓に目をやり、雪の降る町を見る。
窓から見える景色だけでも、何組かのカップルが歩いているのが見える。私とエミルも傍から見ればああいう風に見られているのだろうか。ふとそんなことを思い、エミルの事を考える。
今は一緒に旅をしているけど、エミルは本当は王子様で、普通なら話すことすらできないような遠い存在だ。
(エミルは迷惑じゃないのかな。私がいない方が視察の旅はやりやすいだろうけど)
エミルは優しいから、女一人で旅をしようとしていた私にスケジュールを合わせてくれている。けど、そんな彼の優しさに甘えてばかりでいいのだろうか。
私が料理人になりたいのと同じように、きっとエミルにだってやりたい事はあるだろう。そんな彼の足を引っ張るようなことはしたくない。
(私がもっとしっかりすれば、エミルの負担にならなくて済むのかな)
エミルは私の事をやたらと心配してくるし。もし、これなら一人でも旅をしても大丈夫と思われるくらい私がちゃんとすれば、エミルが同行することも無くなるのだろうか。
そう考えた時、不意に胸の奥が痛くなった。
エミルに負担はかけたくないというのは本当だ。だけど同時に、もしエミルがいなくなったらと考えると、とたんに寂しく思ってしまう。
けど、エミルは王子様だ。公務のためにお城に呼び戻される可能性もないわけじゃ無い。もしそうなった時、笑顔で彼に別れを告げられるだろうか。彼に心配されないだろうか。
(やっぱりもうちょっとしっかりしなきゃ。少なくともエミルに心配をかけなくて済むくらいにはならないと)
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