番外編 シンデレラと王子と星の銀貨 2

 雪が降る中、私は待ち合わせの教会の前でエミルを待っていた。

 遅れないように早く来すぎたせいで、エミルが来るまでまだだいぶ時間がある。

 しっかりと着込んでいてよかった。夕方になってさらに気温が下がり、人通りも少なくなっている。


 待っている間、さっき資料館で書いたメモを読み直してみる。旅をしてから書き始めたお料理ノートは、手袋をつけたままではめくり難いけど、手袋を外してしまっては今度は手がかじかんでしまう。結局手袋をつけたまま、ノートのページをめくることにした。

 旅をして思ったけど、やはりその土地その土地で食文化というものは違い、それらを見つけていくのはとても面白い。

 そしてどんな特徴であってもそれぞれに長所がある。それらをよく学んで、自分の力にしていきたい。そう思いながらノートを読んでいると、不意に近くで声をした。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん」


 見るとすぐそばに一人の少女が立っていた。


(この子、いつの間に来たんだろう?)


 どうやらノートを読むのに夢中になっている間に来ていたらしい。熱中してしまうと周りが見えなくなるから気をつけないと。

 私はノートを鞄にしまいながら、少女と向き合った。


「お姉ちゃん、マッチは要りませんか?すぐ付くし温かいマッチです」


 そう言って少女は、手に下げていた籠からマッチ箱を取り出した。どうやらこの子はマッチ売りのようだ。だけど。


「ごめんね。マッチはもう買ってあるの」


 この町に来る前、寒くなるから必要だろうと思い買っておいたのだ。途端に少女は悲しそうな顔をする。


「そうですか。すみません、お手数おかけしました」


 そう言って少女は背を向ける。

 何だか心が痛む。よく見ると少女の来ている服はボロボロだ。もしかしてあの子は、あまり良い暮らしをしていないのかもしれない。

 何だかいたたまれない気持ちになり、気が付くと私は、少女の手を掴んでいた。

 少女が驚いた顔で振り返る。私は手袋越しでも少女の手の冷たさを感じた。この寒さだというのに、この子は手袋もつけていない。私はそんな少女の手に、そっとお金を握らせた。


「やっぱり、マッチを売ってくれない。これで買えるだけ買うわ」


 途端に少女が笑顔になる。


「ありがとうございます」


 少女は笑顔でマッチを渡してくる。マッチ数箱を買ったくらいで助けになれるとは思わないけど、それでも何もしないよりはましだ。


「そうだ。良かったらこれも貰ってくれない」


 そう言って私は、つけていた手袋を外して少女に渡した。


「でも私、手袋を買うだけのお金がありません」


 申し訳なさそうに言う少女の頭を、私はそっと撫でる。


「良いよ、お金なんて気にしなくても。温かい手袋だから、君が大事に使ってくれたら嬉しいな」


 少女は戸惑ったように渡された手袋をじっと見つめた。手がかじかんでいてうまく動かせないのか、つけるのに時間がかかっていたけど、両手につけた手袋を見て少女は笑みをこぼした。


「どう、少し大きいかもしれないけど、暖かい?」

「うん。お姉ちゃんありがとう」


 気に入ってくれたみたいで良かった。

 よほど嬉しかったのか、少女は途中で何度もこっちを振り返りながら、帰っていく。私はそんな少女に手を振ると、冷たい北風がむき出しになった手を冷ました。


(やっぱり、手袋無しはキツイな。でも……)


 笑顔で手を振り返してくる少女を見ると、やはり渡してよかったと思う。手は冷たくなってしまったけど、我慢できないことは無いし。

 私は少女の姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。








 マッチ売りの少女と別れてから少し経った時、目の前を一羽のツバメが飛んで行った。


(ツバメ?こんな時期に珍しい)


 普通なら冬になる前に、暖かい南の国に旅立っているはずなのに。つい目で追っていると、何だかツバメは元気がない。飛ぶ姿には勢いがなく、ふらふらと失速していって、最後には雪の上に落ちてしまった。


(大丈夫かなあ)


 心配になって近づいてみる。雪の上に横たわったツバメはピクリとも動かない。死んでしまったのかと思い手を近づけてみると。


「娘さん、お願いがある」


 頭だけこっちを向け、ツバメが話しかけてきた。

 ツバメが喋ったことに驚いてはいけない。私も喋る動物を合うのは初めてだけど、世の中には魔力を持った喋る動物がいるという事を、魔女から聞いて知っていた。元いた城下町ではまず見かけることは無かったけど、グリム大陸全体で見ればそこまで珍しいものではないらしい。


「娘さん頼む、俺の願いを聞いてくれ」


 ツバメが寒さで震えながら訴えかけてきたので、私は話を聞くことにした。


「いったいどうしたの?」

「頼む、俺を雪のない所へ連れて行ってくれ。寒くて凍えそうだ」


 それは大変だ。相手がツバメとはいえ意思疎通ができる以上、放っておく気にもなれない。私はツバメを抱えると、教会の中へと入って行った。

 教会には誰もいなかったけど出入りは自由。中は外よりは暖かく、少しは寒さをしのぐことができた。


「待っててね。今暖炉に火をつけるから」


 私はさっき少女からかったマッチで暖炉に火をつけた。


「ああ、暖かい。ありがとう、助かったよ。南の国に行くのが遅れて、気が付けば冬。凍え死ぬかと思った」

 ツバメは暖炉に当たりながらそう言った。

「ダメじゃない。ちゃんと間に合うように動かなきゃ」

「しょうがないだろ。俺にもいろいろ事情があるんだよ。けど本当に助かった。そうだ、お礼にコイツを取っといてくれよ」


 そう言ってツバメはピカピカに光る一枚の紙を出してきた。


「これは?」

「金箔だよ。売れば金になる。これくらいしかあげられるものがないんだ」


 ツバメはそう言ったけど、私は別に見返りが欲しくて助けたんじゃない。それに。


「それじゃあ、これが無くなったら君は一文無しじゃない。ダメだよ、冬はまだ長いんだから。君がこれを売ってお金にしないと、どうやって冬を乗り切るつもり?」

「いや、でもよう」

「言っとくけど、私は旅の途中だから、この街に残って君の面倒を見るなんてできないよ。これから冬を越すつもりなら、簡単に手放しちゃダメじゃない」

「……分かった。ありがとな、助けてくれて」

「どういたしまして」


 もともと教会に運んだだけで金箔を貰ったのでは悪いし、ツバメが使った方が良いだろう。そう思っていると、ツバメがクシュンとクシャミをした。


「大丈夫、まだ寒い?」

「いや、平気だ。もう少ししたら外に出て、アンタの言う通りこいつを換金しに行かなきゃな」


 そうは言うけど、大丈夫だろうか。暖炉のある教会ならまだ大丈夫かもしれないけど、寒い中外を出歩くとなるとちょっと心配だ。

 私は鞄を開け、中からパンを取り出してツバメに差し出した。


「これ、食べて。お腹がすいてたら力が出ないし、冬を越せないよ」

「いいのか?じゃあ悪いけど、いただきます」


 ツバメは夢中でパンにかじりつく。


「旨いパンだな。こんなに旨いの初めて食べたよ」

「ありがとう。実はこれ、私の手作りなの」


 今朝宿の台所を借りて作ったものだった。小麦の香りが食欲を誘い、エミルも美味しいと言ってくれた自信作だ。


「それから、これも付けておくと良いよ」


 そう言って私は、つけていたマフラーを外してツバメに差し出した。


「これでもう少し暖かくなるよ。寒いのは苦手でしょ」

「それはありがたいけど、娘さんは良いのか?」

「私は平気。君に死なれた時を想像すると、そっちの方が気がめいりそうだから、遠慮せずに使ってよ」

「それじゃあ、ありがたく使わせてもらうけど」


 ツバメはマフラーを受け取る。これで無事冬を過ごせればいいけど。


「俺が言えた義理じゃないかもしれないけど、娘さんは相当なお人好しだな」

「そうかな?一緒に旅をしてる人にも良く言われるけど」

「そうだって。けどありがとな。こんなものを貰って、寒くてあっさり死にましたって訳にもいかないから、頑張って冬を越してみるよ」

「期待してるよ。もしかしたらまたこの街に来ることもあるかもしれないから、その時まで元気でいてね」


 私はツバメに別れを告げて教会を後にする。とたん強い北風が吹いて、マフラーが無くなって涼しくなった首周りを容赦なく襲う。


(思ったよりも寒いな。教会の中にいた方が良かったかな?)


 だけどエミルとは教会の前で待ち合わせをすると約束している。ここは寒いのを我慢しなければいけない。

 さっきまで待っていた場所へと戻ったけど、まだエミルの姿はない。私はもうしばらく、エミルを待つことにした。

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