シンデレラと恐いオオカミ 6
ここは町にある病院。オオカミに襲われて怪我をした私は、ここに連れてこられた。診察室から出て待合室に行くと、待っていたエミルが心配そうに声をかけてくる。
「シンデレラ、傷の具合はどう?後遺症は残らない?」
エミルはまるで重症患者を前にしたように私に聞いてくる。幸い手の怪我は大したことはなく、消毒をして薬を塗ればすぐに治ると言われた。だけど、オオカミに襲われているところを目の当たりにしたのだ。エミルが心配するのも無理はないだろう。
「安心して、すぐに傷も塞がるって言われたから。エミルが助けてくれたおかげよ」
そう言ってエミルを安心させたけど、私には一つ気がかりな事があった。それは赤ずきんが無事に逃げおおせたかという事だ。
心配になってエミルに聞いてみると、エミルは安心してと言ってくれた。
「赤ずきんは無事だよ。そもそも、君がオオカミに襲われているって僕に知らせてくれたのは赤ずきんなんだ」
「そうだったんだ」
「驚いたよ。仕事が早く終わったから君の様子を見に紫ずきんさんの家に行ったんだけど、赤ずきんが血相を変えて走って来たんだもの。話を聞いたら君がオオカミに襲われてるって言うじゃないか。あの時は気が気じゃ無かったよ」
「それでエミルは助けに来てくれたんだね。ゴメンね、心配かけて」
そう言って謝った私の口元に、エミルは指を突き出した。
「前にも言ったでしょ。こういう時はゴメンじゃなくて」
「そっか、ありがとうだったね」
「そう言う事」
そう言って私達は笑いあった。もしあのままオオカミに食べられていたら、こうやって笑う事も出来なかったのかと思うと、やはりゾッとする。だけどそれより今は、無事に助かってよかったという気持ちの方が強い。
「君が治療を受けている間に赤ずきんと紫ずきんさんが来て、紫ずきんさんも今日は赤ずきんの家に泊まるって言っていたよ。家がオオカミに荒らされたとなると、流石に留まるわけにはいかないからね」
「そうね。いつまたオオカミがやってくるか分からないし」
エミルの話によると、森で山菜をとっていた紫ずきんさんは赤ずきんから話を聞いた後、着の身着のまま町まで避難したらしい。紫ずきんさんの家には作ったままの苺大福や、今夜作る予定だったシチューの材料などもあって、放置して悪くするのは勿体無いような気もしたけど、流石に命にかかわる事なので諦めるしかない。
「二人には君の治療が終わったら顔を出すって言ってある。赤ずきん、随分と君の事を心配していたしね」
「赤ずきんが?」
あんなに私の事を毛嫌いしていた赤ずきんが心配してくれているというのはちょっと意外だった。するとそれを察したようにエミルが言ってくる。
「オオカミから助けてくれたから、君の事を見直したのかもしれないね。怪我の功名ってやつかな」
「そうかも。これをきっかけに仲良くなれると良いんだけど」
赤ずきんが私を毛嫌いしている理由は昼間話して分かったけど、まだ問題解決はできていない。
赤ずきんの事を考えながら、私達は病院を後にした。
日が傾き、辺りが暗くなり始めたころ、私達は赤ずきんの家を訪れた。
出迎えてくれたのは紫ずきんさん。玄関の戸を開けて私を見るなり、紫ずきんさんは声を上げた。
「シンデレラ、その怪我は大丈夫なのかい?」
包帯の巻かれた私の左手を見て心配そうに言う。恐らく私がオオカミに襲われて怪我をしたとだけ聞いていて、怪我の程度は知らされていなかったのだろう。
「大したことありません。お医者さんもすぐに治るって言っていましたし、これならまたすぐに料理修行も再開できます」
「そうかい、それは良かった。アンタがオオカミに襲われたって聞いた時は心配したよ。それに、赤ずきんを逃がしてくれたんだろう。孫を助けてくれてありがとう」
紫ずきんさんはそう言って私の手を握る。そして今度はエミルに目をやった。
「アンタがオオカミを追っ払ってくれたんだって。怖かっただろう」
するとエミルは首を横に振った。
「あの時は夢中で、怖いなんて思う暇もありませんでした。それよりも彼女に何かあったらと思うと、そっちの方が怖かったですし。けど、結局オオカミは取り逃がしてしまいました」
「いや、アンタは…アンタ等はよくやってくれたよ。おかげでみんなこうして無事でいるんだから。これ以上嬉しい事は無いよ」
紫ずきんさんは安心したように笑顔を作る。きっと紫ずきんさんも沢山心配してくれたのだろう。
そんな紫ずきんさんの様子を見ながら、ふと赤ずきんの事を思い出した。
「あの、赤ずきんは今どちらに?」
「ああ、あの子なら奥の部屋にいるよ。あんた等もまずは上がりな」
私達は家に上がり、リビングへと通された。けど、そこにも赤ずきんの姿は無い。
「オオカミの事がよほどショックだったのか、あの子は部屋に閉じこもってしまってるんだよ。ちょっと待ってな」
そう言って紫ずきんさんはリビングの隣にある部屋の戸を叩いた。
「赤ずきん、シンデレラとエミルが来たよ」
しかし戸の向こうからは何の返事もない。紫頭巾さんはもう一度ノックをしたけど、やはり結果は同じだった。
「赤ずきん、シンデレラもエミルも無事だよ。二人とも元気だから、アンタも気が向いたら出てくるんだよ」
そう言って紫ずきんさんは戸に背を向けた。
「赤ずきんは大丈夫なんでしょうか?」
「アンタ等が心配することじゃないよ。あの子は怪我もしていないし、もう少ししたらきっと出てくるよ。ゴメンね、助けてもらったのにお礼も言えないような孫で」
「そんな、赤ずきんだって怖い思いをしたんですから、無理もないですよ。私も少しだけ良いですか」
そう言って紫ずきんさんに代わって戸の前に立った。
「赤ずきん、紫ずきんさんやエミルににオオカミの事を知らせてくれてありがとう。おかげで私も無事助かったよ」
以前部屋の中から返事は帰ってこない。やっぱり、そう簡単に仲良くはなれないか。少し寂しかったけど気を取り直して、私達はテーブルにつく。窓から外を見るとあたりはすっかり暗くなっている。すると紫ずきんさんは思い出したように言った。
「アンタ等夕飯はまだだろ。今から用意するから食べていきなよ」
「あ、それなら私も……」
手伝いますと言って立ち上がろうとしたけど、隣に座っていたエミルが私の手を掴んだ。
「怪我してるのに手伝うつもり?今日くらいは大人しくしてなよ」
「こんな怪我大したことないよ」
ちょっと痛むけど支障はないはずだ。だけどエミルだけじゃなく紫ずきんさんも険しい顔をする。
「そうやって怪我を軽く見るもんじゃないよ。アンタは今日はゆっくりしてな。師匠命令だ」
「はぁい」
師匠命令となると逆らうわけにもいかない。残念だけど大人しくしておこう。それはそうと、一つ気になったことがあった。
「紫ずきんさんはこれからどうするんですか?オオカミがうろついているとなると、あの家は危険ですし」
「そうだねえ。こうなった以上、大人しく町で暮らすかねえ。あの家は愛着があって気に入ってたんだけど、仕方ないか」
そう言った紫ずきんさんの横顔からは哀愁が漂っていた。
「家の近くでよく赤ずきんと野苺狩りをしたり、一緒にご飯を食べたりして、本当に楽しかったよ。そう言えば、昔アンタに教えているみたいに、赤ずきんに料理を教えようとしたこともあったよ」
「赤ずきんにですか?」
「そうさ。けど、あの子は面白くなかったみたいだ。つまらないって言ってやろうとしなくなって。けどあたしの作ったご飯はちゃんと食べて。我儘を言う事もあるけど、あの子はちゃんと良い子なんだよ」
「それは分かります」
最近の赤ずきんの態度だって、紫ずきんさんと一緒にいる時間が減ってしまったことによる寂しさのせいだ。紫ずきんさんの事がそんなに好きな赤ずきんが良い子でないはずがない。
「またあの家で、皆でご飯と作って食べたかったけど、仕方がないか」
紫ずきんさんは寂しそうに言う。その姿を見ていると、何とかしてやれないかという気持ちが芽生えてくる。
「エミル、何とかならない?オオカミをやっつけるとか」
「それが出来ればいいけど、オオカミだって今日の事で警戒心は強くなっているだろうから難しいかも。それに、獲物を逃してお腹を空かせてより狂暴になっているかもしれない」
確かにそれはあり得る。元々森の向こう側にしか現れていなかったというオオカミが紫ずきんさんの家に現れたのも、襲う人間がいなくてお腹を空かせてやって来たのかもしれない。
「そんなのを相手にするのは危険ね。腹ペコの獣は危険だって言うし」
「それを言うなら手負いの獣。まあ腹ペコの獣も危険かもしれないけど。何にせよ野放しにしていい奴じゃない。やっぱり森の中を探して、今度こそ仕留めた方が良いのかなあ」
「そんな、危ないよ」
エミルはやる気になっているみたいだけど、森の中に隠れて近づいてきた所を不意打ちされたらひとたまりもないだろう。
何せ向こうは野生のオオカミ。今日のような室内とは違って、森の中では分が悪いことくらい私でもわかる。
「どうにかしてオオカミの隙をつければいいんだけど。魔力を持っていて知能が高い分、上手いことやれば油断を誘う事もできると思うんだけどな」
とはいえ、そうそう良い案など浮かぶわけも……いや待てよ。
「もしかしたら、オオカミを油断させれるかも」
「良い方法があるの?」
エミルが食いついてくる。だけどすぐに思い直したように言った。
「言っておくけど、自分が囮になろうなんて考えちゃダメだよ」
「そんな事言わないよ」
だいたい私は今日オオカミに襲われているのだ。囮になるなんて怖くてとてもできない。
「それなら良いけど、君を危険にさらすような作戦は却下させてもらうよ」
「そんな事しないってば。私を何だと思ってるの?」
私だって我が身は大事だ。だけどエミルだけでなく、紫ずきんさんも心配そうな目で私を見る。
「アンタはどこか抜けたところがあるからねえ。心配するなって言う方が無茶だよ」
「紫ずきんさんまで。心配しなくても、誰かが危険になるとか、そう言った作戦じゃありませんよ。まあ……」
「まあ、何?」
まあ、と言った瞬間、エミルと紫ずきんさんが次の言葉を警戒する。私ってそんなに信用無いかなあ。
ちょっとショックだったけど、気を取り直して言葉を続けた。
「私の出番であることには間違いないですけど」
一夜開けたその日、私はある作戦のため、キッチンに立っていた。
「ずいぶん独特の臭いがするけど、失敗してないよね?」
エミルが心配そうに聞いてくる。疑うのも無理はない。私が今作っているのは癖のある匂いが特徴の料理なのだから。
「心配しなくても、ちゃんとできてるよ」
「ああそうさ。コイツは臭いはキツイかもしれないけど、食べると癖になる味だよ」
そう言って私と紫ずきんさんは頷き合う。オオカミに襲われてから一夜明けた今日、私は紫ずきんさんと一緒に赤ずきんの家のキッチンを使って料理を作っていた。
私が考えた作戦と言うのは、紫ずきんさんの家にオオカミを誘いだせるような美味しい料理を用意しておき、オオカミがそれを食べて油断している間に捕えるというものだ。
オオカミは昨日私を食べ損ない、お腹を空かしているはずだ。そこにこんな美味しそうな料理があればきっと夢中になって食べるに違いない。この作戦なら誰も危険な目には遭わないからエミルも賛同してくれて、今日朝一でバイト先の猟師に頼んで新鮮なお肉を用意してもらったのだ。
「それにしてもこんなに沢山のお肉、よく用意できたね」
「昨日猟師さんがたまたま7匹の子山羊の兄弟を見つけて仕留めたんだって。最後の一匹が民家の柱時計の中に逃げ込んで、仕留めるのに苦労したって言ってたな」
なるほど。その山羊の兄弟には悪いけど、彼等はオオカミ退治の礎になってもらおう。そう話している間に、鍋はぐつぐつと煮え、ついに完成した。
「出来ました、オキナワ名物の山羊汁です」
私の得意とする東の国の料理の中でも、独特の食文化を持つオキナワという地方で食されているという料理だ。臭いが独特で好みじゃない人もいるかもしれないけど、オオカミをおびき寄せるなら少々臭いが強い方が良いと、紫ずきんさんがこの山羊汁を提案してくれたのだ。
「どうだい、オオカミをおびき寄せる前に味見してみるかい」
紫ずきんさんはそう言ってエミルに山羊汁を差し出す。だけどエミルは臭いに抵抗があるのか、中々口にしようとしない。
「エミル、無理して食べなくても良いからね」
「いや、君が作った物なら絶対に食べる」
そう言ってエミルは山羊汁を口に運んだ。私は恐る恐る反応を伺う。
「……どう?」
料理の感想を聞く時はいつもドキドキしてしまう。そして、飲み込んだエミルが一言。
「食べるまでは躊躇したけど、意外と悪くないかも。これならきっとオオカミも釣れるよ」
良かった。エミルのお墨付きも貰って、後はこれを紫ずきんさんの家に運ぶだけだ。
七匹分の子山羊を使った山羊汁だから量も相当で、何回かに分けて運ばないといけないだろう。
「あとは僕がやるから、シンデレラも紫ずきんさんも休んでて」
エミルがそう言ったけど、私は首を横に振った。
「ううん、私も手伝うわ。どの道紫ずきんさんの家に行ってオオカミが山羊汁を食べるところを見るつもりだし」
そう言ったとたん、エミルの顔色が変わった。
「本気?昨日オオカミに襲われたばかりなんだよ。怖くないの」
「それは……」
正直とても怖い。けど、それでも譲れない理由がある。
「だって、ちゃんとオオカミが食べるのを見て評価を確かめないと。作って終わりじゃなく、食べた人の感想も聞きたいじゃない」
「そんな理由?」
あきれたように私を見るエミル。すると紫ずきんさんがフォローするように言ってきた。
「自分の作った料理の評価が気になるのは料理人として当然だね」
「それはそうかもしれませんが。シンデレラ、僕は言ったよね。君を危険にさらすような事は出来ないって」
「それはそうだけど……囮になるわけじゃないし」
「……シンデレラ」
珍しく怒った顔をして私を見る。だけどすぐに諦めたように息をついた。
「仕方ない。ダメだって言っても後でこっそり付いてこられたら守る事も出来ないし。良いよ、ついてきても」
「本当?」
「ただし、くれぐれも僕から離れない事。猟師にも同行を頼んでるけど、何かあったら僕等の後ろに隠れるんだよ。約束できる?」
「うん、約束する」
これでどうにか許可は下りた。私達は山羊汁の入った鍋を持ち、玄関へと向かう。そんな私達を紫ずきんさんが激励する。
「オオカミを退治して、二人とも無事に帰ってくるんだよ。そしたら、また一緒に皆でご飯を食べよう」
「はい。その時は、赤ずきんとも一緒に食べたいですね」
家の奥に目を配りながらそう言った。結局赤ずきんは昨日から部屋に閉じこもったままだ。紫ずきんさんが食事は運んでいたけど、私は話す事も出来なかった。
閉じこもってばかりで、赤ずきんは大丈夫だろうか。心配しているとそれを察したように紫ずきんさんが言ってきた。
「あの子の事なら心配いらないよ。あんた等は自分のやる事だけに集中しな」
「分かりました。それでは行ってきます」
「ああ、行っておいで。エミル、シンデレラを…弟子をよろしくね」
「はい、任せて下さい」
紫ずきんさんに見送られ、私達は森へと向かって行った。
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