シンデレラとカボチャの煮つけ 2


 せっかく厨房に入れたというのにあっさりクビになってしまった。

 厨房を追い出されたけど、帰る気にもなれずに、お城の中庭の隅にチョコンと座って、タッパーに入ったカボチャの煮つけを一口食べてみる。


 クスン、こんなに美味しいのに。

 ああ、なんだか本格的に悲しくなってきた。塩は入れすぎてないはずなのに、しょっぱい味が広がっていく気がする。

 東の国のマイナー料理は出してはいけないなんて知らなかった。せっかくここまで来たのに、これじゃあんまりじゃない。

 

 カボチャの煮つけを咀嚼する度に、込み上げてくる。だけどそうして沈んでいると、ふと背後で人の気配がした。


「誰?」


 振り返るとそこにいたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ、端麗な容姿の、私と同い年くらいの青年。え、今は舞踏会の真っ最中なのに、どうしてこんな所に?

 すると彼は驚く私を見て、ニコリと笑顔を作ってくる。


「ごめん、驚かせちゃったね。まさかこんな所に、人がいるなんて思わなくて」

「あ、いえ。どうかお気になさらずに。あの、舞踏会にいらした方ですか?」

「まあ、そんなとこ。でも堅苦しいのは嫌だから、こっそり抜け出して来ちゃったけど……。ところで君、泣いてるの?」


 言われて私は涙を流している事に気がついて、慌てて手でぬぐった。けど、涙はとめどなく流れてくる。


「使う?」


 そう言って彼はハンカチを貸してくれた。受け取ろうかどうかちょっと迷ったけど、このままボロボロと泣いているのも嫌。

 躊躇いながらハンカチを受け取った私は、恥ずかしい気持ちを押さえながらペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい、気を使ってもらって」

「そんな謝らなくていいよ。それより、隣良い?」

「え、ええ」


 うなずく私を見て、彼は安心したように隣に座る。

 何だか変な感じ。貴族と言うと近寄り難い雰囲気があるるけど、柔らかな物腰の彼が隣に座っても緊張はしなかった。


「あの、さっき抜け出してきたと言ってましたけど、良いんですか?」

「ああ、うん。どうせ中にいても、女性に声を掛けろって、うるさく言われるだけだからね」

「ああ、そう言えば舞踏会ってそういう場でしたっけ」


 大きな食事の場のように思ってたなあ。

 それにしても、彼は私と同じくらいの年なのにもう相手となる女性を選ばなければならないのかあ。貴族って大変だなあ。


「ねえ、君はどうして、こんな所にいたの? 見た所コックのようだけど」

「それは……」


 ど、どうしよう。料理長を怒らせてクビになったなんて、恥ずかしくてとても言えない。


「言い難いことでもあるの? まさか舞踏会にかこつけて城に忍び込んだ、賊じゃないよね?」

「ち、違いますよ」


 そんな大それたこと、できるわけが……いや、考えてみれば、魔女に頼んで偽の履歴書を使って厨房に入ったんだっけ。案外的外れでもないかも?


「じゃあ、いったいどうしたのかな?」


 どう答えたらいいかわからずに困っていると、彼は再びニコニコ笑う。

 この様子だと、さっき疑ったのも本気じゃなくて、慌てる顔が見たかっただけのかも。だとしたらこの人、ちょっぴり意地悪だなあ。だけど、不思議ら悪い来はしない。

 何だか気が抜けてしまい、厨房であった事を話すことにした。


「……と言うことがあったの。せっかく作ったのに、食べてももらえないなんて悲しいよ」

「なるほどね。それで、君が持っているのがその料理?」

「うん。カボチャを使った料理なんだけど、これってそんなにダメかなあ?」


 タッパーを開けて中身に入っていたカボチャの煮つけを見せると、彼はそれをまじまじと見つめる。


「確かに花は無いね。地味だし、宮廷受けする料理じゃない」

「や、やっぱりそうなんだ」

「あんまり落ち込まないで。ねえ、食べてみても良いかな?」


 え、食べてくれるの? 

 恐る恐るタッパーを差し出すと、彼は一つを口に運んだ。


「……どう?」  

「モグモグ……へえ、驚いたよ。美味しいじゃない」


 晴れ渡った空のような笑顔で、笑いかけてくれる彼。瞬間、私は笑顔になった。

 嬉しい。美味しいって、言ってもらえた。料理人にとって、最高の誉め言葉よ!


「で、でしょう! 確かに見た目は地味かもしれないけど、東の国の立派な料理なんだよ。お醤油だって苦労して手に入れて、水や砂糖とのバランスを考えて、荷崩れしないように工夫して作ったのに、食べてもくれないだなんて酷いと思わない?」


 つい饒舌になってまくしたてたけど、言い終わってハッと気づいた。 

 いけない、彼は貴族なのだ。こんなため口を聞いていい相手じゃない。だけど彼は気にする様子もなく、クスクスと笑う。


「君は本当に料理が好きなんだね。もう一つ貰って良い?」

「うん。気に入ったのなら全部あげるよ。食べてもらえた方が料理も喜ぶだろうし」

「本当?ありがとう」


 彼は嬉しそうにタッパーを受け取る。食べてもらえなくて泣いていたのに、本当に嬉しい。


「君をクビにしないよう料理長に話しておくよ。君の料理をもっと食べたいからね」

「え、そんなこと出来るの?」


 彼はどれくらいの地位にいるのだろう。でも申し訳ないけど、私がお城の厨房で料理をすることは二度とない。だって今夜の事は魔法によって叶えられた一夜の夢なのだから。


「私はもう、お城で料理はできないよ」

「どうして?作るのが嫌になっちゃった?」


 途端に、まるで自分のことのように、しょんぼりとする彼は。けど、そんな顔しないで。


「違うの、料理が嫌いになったわけじゃないから。私、夢があるの。いつか自分のお店を開いて、そこで沢山の人に料理を食べてもらうっていう夢が」

「沢山の人に……」

「そう。貴族も平民も関係なく、一人でも多くの人に食べてもらって笑顔にするの」


 思えば誰かに夢を話したのは初めてだ。会ったばかりの彼にどうしてこんな話をしたのかは自分でも分からないけど、不思議と心の内を明かすことができた。


「素敵な夢だね。お店を開いたら、僕も食べに行っていいかな?」

「もちろんよ」


 私も笑顔で答える。だけどその瞬間、ボーンという大きな音があたりに響いた。


 いけない!


 十二時を知らせる鐘が鳴りだしたのだ。鐘が鳴り終わったら魔法がとけてしまうと魔女は言っていた。このままでは偽コックとして衛兵に捕まってしまう。


「ごめん、もう行かなきゃ」


 言うや否や私は駆けだした。


「え、待って」


 彼は追いかけてきたけど待つわけにはいかない。鐘はすでに3回鳴ってしまっている。

 お城の前の階段まで走って来た時、追ってくる彼に向かって振り返る。


「ありがとう、貴方に会えて嬉しかった。そのカボチャ、冷やしておけば二、三日は持つから」

「君、名前は……」


 私はそれには答えずに走りだした。

 名前を言ってしまったら、もし不当な方法でお城に入った女がいるとバレた時、身元を突き止められかねないから。履歴書も十二時の鐘と共に消えてしまうし、これで証拠は残らないはず。これでいいんだ。


 だけど、頭ではそうわかっていても、心が落ち着かない。

 カボチャの煮付けを美味しいと言ってくれた彼とはもう、会えなくなるだろう。

 その事がとても寂しく思えて、切なさが胸を打つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る