シンデレラと恐いオオカミ 8

 オオカミを退治した私達が町に戻ってきた時には、すでに日は沈みかけていた。事の顛末を町長さんに報告するという猟師さんと別れ、私とエミルは赤ずきんの家へと向かって歩く。


「これで紫ずきんさんも安心して森のお家で暮らせるわね。無事に解決できてよかったわ」


 そう言いながら隣を歩くエミルを横目で見る


「うん、そうだね」


 そう言ったエミルの声には何だか元気がない。せっかく事件が解決したというのに、これはどういう事だろう。


「どうしたのエミル?何か気になる事でもあるの?」

「そうじゃないよ。ただ、今回僕は何の役にも立てなかったなと思ってね。作戦を考えたのも、オオカミを退治したのもシンデレラだったし」

「え、そんな事無いよ」


 確かに作戦を考えたのは私だけど、退治はしていない。あれはオオカミが勝手に井戸に落ちただけだ。


「いや、あれは明らかに君の迫力に気圧されたのが原因だよ」

「そんな……」


 オオカミを怯ませる迫力だなんて、女の子に似つかわしくない言葉だ。山羊汁を台無しにされて怒ってはいたけど、いくらなんでもそこまで怖くはなかったと自分では思っているのだけど。


「あの時の私って、そんなに怖かった?」

「まあ、それなりに」

「もう、エミルの意地悪」


 そう言ってそっぽを向くと、エミルは慌てたように言ってきた。


「けど怒るっていう事は、真剣に料理に向き合っているっていう事だから、僕はいいと思うよ。それに、いくら怒っても君が可愛いってことに変わりはなかったし」

「―――ッ、そんなので誤魔化されないから」


 そうは言ったものの、顔は自然と綻んでしまっている。それを悟られないよう、依然エミルの方を向かないまま、話題を逸らす。


「さっきエミルは役に立たなかったって言ってたけど、そもそも作戦を考えられたのもエミルが昨日、オオカミに襲われた私を助けてくれたおかげなんだよ。だからもっと胸を張って良いよ、あの時のエミル、格好良かったし」


 話しているうちに段々と気持ちも落ち着いてきた。これならエミルの方を向ける。そう思ってエミルに目をやると、どういうことか彼は足を止め、何やら驚いた顔で私を見ていた。


「エミル、どうかしたの?」


 私も歩くのを止めて振り返る。何か変な事でも言っただろうか?そう思って尋ねると、エミルは真剣な顔で言ってきた。


「シンデレラ、さっき何て言ったの?」

「え?もっと胸を張って良いって言ったんだけど」

「その後!」


 相当気になる事があったのか、エミルの声は大きくなっている。えっと、何て言ったっけかな……そうだ。


「あの時のエミル、格好良かったって……言ったと思う」


 多分間違っていないだろう。エミルの様子は先ほどと変わらず、私を見ている。


「いったいどうしたの?」


 そう尋ねると、エミルはハッとしたように我に返った。


「ちょっとね。君にそういう風に言われたことなんてなかったから、少し驚いて」

「そういう風って?」

「だから……」


 エミルはちょっと躊躇ったように一呼吸おいて答えた。


「格好良いって言われた事」

「え?」


 なんだそんな事かと、私は拍子抜けした。エミルが格好良いなんて、何を今更と思ってしまう。


「別に驚くような事じゃないでしょ。街を歩いているとよく女の子がエミルを見てそう言っているし」


 城下町に住んでいる時はもちろんの事。身分を隠してお忍びで旅をしている時、相手が王子と知らなくても、その容姿に惹かれた女の子達が騒いでいるのはよく目にしていた。


「それはそうかもしれないけど、君に言われたことは無かったから」

「そうだっけ?」


 確かに言った覚えはないけど、それはたまたま言う機会がなかっただけだ。別に改めて言う事でもないし。


「エミルを格好良いと思わない人なんていないでしょ。私も最初お城で会った時からエミルの事は格好良いって思っていたし」


 あまりに当たり前すぎて何故それでエミルが驚くのかが分からない。するとエミルは口元に手を当てて、何かを考えるような仕草をする。


「エミル、本当に大丈夫?気分は悪くない?」


 心配になってエミルの顔を下からのぞき込む。すると目が合い、騒然それに気づいたエミルがすっと手を伸ばしてきて。


「わわッ」


 何の前触れもなく私の髪をクシャクシャっと撫でてきた。


「エ、エミル?」


 いきなりの行動に困惑する。エミルは頭を撫でるのを止めようとせず、一言言ってきた、


「今のはキミが悪い」

「どういう事よ?」


 行動の意図も分からなければ言っている意味も分からない。ようやく頭を撫でるのを止めてくれたので、私は乱れた髪を手で整える。


「ああ~、髪がクシャクシャ」


 エミルの方を見ると、彼は何が面白いのか、機嫌良さそうにクスクスと笑っている。


「ゴメン、嬉しくてつい」


 いや、人は嬉しかったら他人の頭を撫でたくなるものじゃないでしょ。それに、嬉しいっていったい何が?

 疑問に思ったけど、何だか聞いても分からなさそうだったから、そのままにしておく。気を取り直して歩こうとすると、エミルから呼び止められた。


「シンデレラ、君だって可愛いよ」

「―――――ッ」


 満面の笑みのエミル。一方私は不意打ちを食らい、一気に体温が上昇していく。


「意味なくそういう事は言わないで」


 一言可愛いと言われるだけでどれだけ心が揺れるか、おそらくエミルは分かっていないのだろう。

 心を落ち着かせようと深呼吸する私の手を、エミルがそっと握った。


「ふぎゃあ」


 思わず変な声を上げてしまった。するとエミルが慌てたように手を放す。


「ごめん、嫌だった?」

「嫌じゃ……無いです」


 そう言って今度は私からエミルと手を繋ぐ。少し恥ずかしさはあったけど、こうやって手を繋ごうとした時に断れた試しがない。ならもういっその事受け入れた方が良い。


「何だか今まで生きてきて、今日が一番幸せかも」

「え、オオカミを退治できたのがそんなに嬉しかったの?」


 もしかして、エミルの様子がおかしかったのはそれが原因?オオカミを退治できたのは私を助けてくれたエミルのおかげって言ったから、それで嬉しくなったのかな?


「相変わらず気づいてはくれないか。まあ、それを差っ引いても今は嬉しいけど」


 何だかよく分からないけど、機嫌が良いのは悪い事じゃないよね。私達は日の沈む町中を赤ずきんの家へと歩いて行った。

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