《01-04》
その少女が自分の幼馴染、菜綱 まろみ(なずな まろみ)だった事だ。
ここは通学路、今は通学時間。
校舎に向かう生徒達が怪訝そうに、ポスターに話し掛けている少年の傍をすり抜けていく。
「どういうことなんだろう」
春乃の知る限り、まろみは内気で大人しいタイプ。
余りのギャップに明確な答えが見つからない。
「そのポスターがそんなに珍しいのか?」
後ろからの声に、春乃が振り返る。
大柄な少年だった。
制服の上からでも解る、鍛え上げられた身体。
鋭い目と短く揃えられた髪が、肉食獣を思わせる。
「お前、草陰 春乃だな?」
「そう、だけど」
いきなり名前を呼ばれ、反射的にそう答えてしまう。
それを聞いた少年の口元に笑みが浮かんだ。
「ついてるな。こんなとこでぼんやりしてるとは思わなかったぜ」
「君は?」
「俺のことはどうでもいい。ちょっと顔を貸してもらうぞ」
「え?」
「無駄な抵抗はするなよ。痛い目を見るだけだからな」
春乃が反応するよりも早く、気配が二つ背後に回り込む。
後ろに二人、前に一人。
完全に挟まれた。春乃にとっては圧倒的不利な状況だ。
「さあ、来てもらおうか」
「嫌だと言ったら?」
目の前の少年が答えるより早く、背後の二人が春乃の肩口を掴む。
春乃はあっと思う間すらなかった。
足を払われ、地面に突き倒されてしまう。
間髪入れず両腕を捻られ、身動きが取れなくなった。
「素直に従っとけばいいのに。余計な手間を掛けさせる」
無様に這い蹲る春乃に、少年が半歩近いて右足を上げた。
「歯を食いしばっておけ。舌を噛むぞ」
無慈悲に振り下ろされる足を予想し、だが身体の自由が利かない春乃は目をつむり、衝撃に備えるしかできなかった。
※ ※ ※
永遠に広がる宇宙を旅し、新天地を開拓する。
その半ば妄想的な夢を現実にしたのが、時間跳躍航法だ。
この航法の考え方は至ってシンプル。
「目的地までの移動時間を無かった事にする」である。
聞こえの良い表現をするなら、「時間軸を利用して、未来に存在するはずの事象を強引に現時間に移動させる」。
少し宗教的な言い方をするなら、「神様の目を盗んで、こそこそ時間を節約する」となる。
不思議な事に大抵の人は、半ば自嘲気味に後者の言い回しを好む。
ともかく、この時間跳躍航法を手に人類は宇宙に飛び出した。
現在、人類文化圏は七つの太陽系、九つの星に広がっている。
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