《05-20》

「ほざくな! この小鬼田が尻尾を巻くと思うか!」

 

 一気に間合いを詰めた函辺が警棒を振るう。

 一方の桜木は棒立ちのまま。

 

 容赦のない一撃だった。

 が、不思議な事に警棒は空振りした。

 鼻先を掠めたに過ぎない。

 

 すぐさま繰り出された次撃もやはり僅かに届かなかった。

 

「あ、ホンキなんだ」

 

 更に三撃目が空を切ったところで、桜木がトーンの落ちた声で呟いた。

 

 函辺の攻撃が甘いわけではない。

 彼女の警棒捌きは、速度も軌道も達人の域。

 普通の人間なら影すら追う事もできないレベル。

 だが、桜木はその動きを見切り、ミリ単位で避けていた。

 二人の間にある戦闘力の差が大き過ぎるのだ。

 

「委員長は強いけど」

 

 そう告げると、桜木が左にステップする。

 

 不意に視界から消えた桜木を函辺の目が追った。

 

「後ろ!」

 

 春乃の警告が虚しく響く。

 

 函辺の首が左に向こうとする刹那の間に、桜木は背後まで移動していた。

 距離の離れていた春乃には、瞬間移動したのかと思えるほどの動きだ。

 

 軽く、本当に軽く、桜木の手の平が函辺の背中に触れる。

 それだけの事で、函辺の身体が地面を転がった。

 砂埃を上げながら、春乃の脇を過ぎていく。

 まるでバイクや車に撥ねられたほどの勢いだ。

 

「うわわっ。ちょっと力を入れ過ぎちゃったかな」

 

 青い顔で口元に手を当てる桜木。

 

「ハコベさん!」

 

 春乃の叫びにも、倒れた函辺はまったく反応しない。

 

 まろみを抱えたまま駆け寄ろうとする春乃の前に、桜木が割り込んだ。

 

 ただ息を飲むしかできない春乃に、桜木は心底申し訳無さそうな表情を見せた。

 

「ごめん、春っち。痛くしないからね」

 

 ほっそりとした桜木の指先が春乃の額に触れた。

 途端に頭の中を重い衝撃が駆け抜ける。

 

 世界がぐるぐると回り、凄まじい勢いで地面が迫ってきた。

 頬に鈍い痛みが走る。

 ぼんやりとした頭で自分が倒れた事を悟った。

 

「まったく、余計な手間を掛けさせよって」


 地面を踏みしめるブーツの音と威圧的な声が迫ってくる。

 だが、春乃は遠のく意識を繋ぎとめる事すらできなかった。

 

 

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