《05-04》

「いえ、草陰です」

「そうそう。草陰君。覚えてるよ。草陰 純一君だよね。夏休みの補習で一緒だった。いやあ、参ったよね。暑いし、眠いしでさ」

「あの、全然違うんです。すいません」

 

 ここまで自信たっぷりで間違われると、逆に自分が悪い気になってくるから不思議だ。

 

「あれ? 違う? でも苗字は合ってるよね?」

「春乃とは初対面のはずだ。二週間ほど前に転校してきたからな」

「転校生、転校生……思い出した! 隣のクラスの転校生だ! 私も主計科なんだよ! これからよろしく!」

「よろしくお願いします」

 

 函辺とは違うが気さくなタイプ。

 春乃はほっとする。

 

 そこで明るかった結衣の顔が不意に曇った。

 

「待って。転校生って確か、まろみ様の幼馴染って聞いた気が……」

「そうだ。余と春乃は幼馴染だ」

「うわわわわ! 失礼しました!」

「あ、いいんですよ。気楽に話してくれた方が嬉しいですし」

「っていうか、本まで持たせてるし!」

 

 言うが早いか、春乃が抱えていた本を引っ手繰ろうとする。

 

「あ、待って」

 

 いきなりの行動に春乃はどうする事もできなかった。

 半ば押し付ける形で渡してしまう。

 

「わ! わわわわ!」

 

 結衣としても、そんな風になるのは予想外だったのだろう。

 バランスを崩してしまう。

 

「なな! なんとぉ!」

 

 結局、無様な声を上げて、大きく後ろに転倒。

 足を高く上げて、まるでギャグ漫画のワンシーンを体現するかの如く見事な倒れ方を披露する羽目になった。

 

「ごめん」

 

 助け起こそうとした春乃だが、大きくめくれ上がったスカートに慌てて目を逸らす。

 

「あいたた。酷い目にあった。 うわ! 大惨事だよ!」

 

 ぶつけた後頭部を押さえながら上半身を起こすと、散らばった本に声を上げる。

 

「結衣よ、お前の方も大惨事だ。早くスカートを直せ」

「うわわわ!」

「相変わらず騒がしい上に、そそっかしい奴だな」

 

 忙しなくスカートを直す結衣に、まろみが苦笑いを浮かべる。

 

「すいません。僕が急に渡したから」

「いやいや。悪かったのは私だよ。あ、じゃなかった。私ですよ」

「あはは。同じ学年なんだから、敬語は止めませんか」

「でも、やっぱり」

 

 ちらりと視線を向けた結衣に、まろみが小さく頷いた。

 

 途端に満開の笑顔に変わる。

 明るく澄んだ魅力的な表情だ。

 

 


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