《06-19》

「春くん、私ね。ホントはあまり怖くないの」 

 

 意外なほどに落ち着いた様子だった。

 

「だって、春くんが近くにいてくれるから。私ね、春くんが側に居てくれるだけで、すっごく強くなれるんだ」

「まろみたん……」

「あの日、約束したよね。私はずっと約束を守ってきたよ。どんなに寂しくても、どんなに苦しくても、どんなに辛いことがあっても」

「まろみたんは頑張り屋さんだね」

「違うよ。春くんも頑張ってるはずだって思ったから、頑張れただけなの」

「まろみたん、絶対に助けるから、絶対に僕がなんとかするから」

「ありがと。そう言ってくれるだけで、すごく安心できるよ」

 

 いきなりガチンと大きな音が鳴った。

 続いて錆びた蝶番の上げる不快な軋みが響く。

 

「え? なに? 今の音なに?」

「誰か来る」

 

 廊下を進む靴音がじわじわと近づいてくる。

 反響して解り難いが二人以上だ。

 

「は、春くん、どうしよう。ね、どうすれば、どうすればいいの?」

「まろみたん、落ち着いて」

「うん」


 まろみの動揺が収まった。

 しかし、春乃にもどうすればいいのか解らない。

 なんとか打開策を、と考えを巡らせる。

 

「草陰、どこだ? どこにいる?」

 

 押し殺した、だが、聞き覚えがある声だった

 

「ハコベさん! ハコベさんなの!」

 

 慌てて格子に張り付いた。

 

「そっちか。待ってろ。今、行く」

 

 懐中電灯の弱々しい光が近づいてくる。

 

「草陰、助けに来た」

「ありがとう、ハコベさん」

「お待たせしました。春乃様」

 

 函辺の後ろから現れた黒コートに春乃が半歩下がった。

 

「どうしました?」

「あ、凛華さんですね。びっくりしました」

「びっくり、ですか?」

 

 春乃の反応に小さく首を捻る。

 隠密性重視の機能的な格好のはずなのに、見た人間の反応はどうにも微妙だからだ。

 まるで、怪しい物を見るような。

 

「直ぐに開けるからな」

 

 金属製の輪に、細いキーが並ぶというアナクロな鍵束を取り出す。

 手際良く一本を選ぶと、鍵穴に差込んで回した。

 

 あれほど絶望的だった格子戸が、簡単にスライドして開く。

 

「ありがとう。隣の部屋にまろみたんが」

「解った」


 手短に答えると、直ぐに向かう。

 

「まろみ様、お助けに参りました」

「ありがとうございます。函辺さ……きゃっ! あ、凛華さんなんですね。驚きました」

「驚き、ですか?」

 

 と、似たような問答を繰り返した後、薄暗い廊下に四人が揃った。

 

 

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