《01-12》

「あ、ごめん」

「ところで、何か言うべきことがあるんじゃないのか?」

「言うべきこと?」

「春乃にも都合があったのは解る。余は子供ではない。世の仕組みというのは知っている。子供の力ではどうしようもないことも山のようにある。しかし、しかしだな……」

「遅くなってごめん。随分と待たせちゃったよね」

 

 その一言にまろみが言葉を止めた。

 逸らしていた顔を戻し、上目遣いに見る。

 

「八年だぞ、八年。余の人生の半分だ。余がどんな気持ちで待っていたと思っているんだ」

 

 と、僅かに口を尖らせ、ぶつぶつと小声で呟く。

 

 しかし、明瞭さのない言葉は良く言えば念仏。

 悪く言えば呪詛と言ったレベルで、直ぐ前にいる春乃ですら聞き取れない。

 

「頑張ったんだけど、すごく遠回りになっちゃって。ごめん、これって言い訳だよね」

 

 まろみの不満を感じ取った春乃が続けるが、適切な言葉が見つからない。

 結局、深く頭を下げるしかなかった。

 

「もういい。顔を上げるのだ。余は春乃を困らせたいわけではない。こうして余の側に戻ってきてくれただけで、その、とても嬉しいのだからな」

 

 そう言って、弱々しい笑みを浮かべた。

 その表情は春乃の良く知るまろみの物だ。

 

「まろみ様、草陰様も長旅で疲れておられると思います。そろそろ本題に入られた方が」

 

 タイミングを見計らって凛華が促した。

 

「む、そうだな。疲れているところ済まなかったな。春乃、お前には我が生徒会に参加してもらうことになっている」

「え? 生徒会に参加?」

「不服があるのか?」

「いや、それはないけど。でも僕にできることなのかな?」

「春乃ならできる。いや、春乃にしかできない仕事なのだ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕は優秀な人間じゃないんだ。学業も運動も、頑張って人並みくらいだし」

「ふふ、心配ない。凛華、あれを持ってきてくれ」

「はい。少々お待ちください」

 

 すっと背筋を伸ばしたまま、理想的な歩き方で木製のチェストまで移動。

 一分の隙すらない完璧な動きで、中の物を取り出した。

 

「なにこれ?」

「キャベツです」

「えっと、なにこれ?」

 

 意味が解らず間抜けた問いを繰り返す春乃に、凛華が大袈裟な溜息をこぼす。

 

「キャベツです。キャベツとは、アブラナ科の多年草で……」

「ちょっと待って。そういうのを聞きたいんじゃなくて」

 

 説明を中断された事に、凛華が微かに頬を膨らませて不快感をアピールする。

 

「ご、ごめんなさい。あの、僕が聞きたかったのは、このキャベツをどうするのかなって」

「それを今から説明させて頂くつもりだったのですが」

 

 答える凛華の目つきが一層険しくなった。

 

「すいませんでした。お願いします」

「まったく、余計な手間を」

 

 わざとらしく息をついてから、説明を始める。

 

 

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