《01-11》

 身長は春乃より頭一つ低い。女子としては平均的な高さ。

 肩口で揃えられた黒髪。細面の顔にはシルバーフレームの眼鏡。

 度の強いレンズの奥に、すっと細い目がある。

 

「まろみ様の副官を務める御形 凛華(ごぎょう りんか)です」

「あ、よろしくお願いします」

 

 とりあえず笑顔を作り、右手を差し出す。

 が、凛華はその手を一瞥しただけで握り返そうとはしなかった。

 軽く頭を下げただけで挨拶を済ませると、春乃の横を通り抜け書斎机の傍らに立った。

 

 それにしても、副官ってなんだろう。

 春乃は聞きそびれた疑問を心の中で弄びながら、放置されていた手を引き戻す。

 

「まろみ様、草陰様がお着きになりました」

「ふむ、そうか」

 

 春乃が部屋に入った事は解っているはず。

 にも拘わらず、随分と遠回りなやり取りだ。

 

「よく来た、春乃。かれこれ八年ぶりか。元気そうでなによりだ」

 

 背もたれが告げる。

 

「この学区の印象はどうだ? なかなか……」

「ちょっと待って」

 

 春乃が遮った。

 

 いきなりの事に凛華の目が、ぐぐっと大きくなる。

 

「話すのに後ろを向いたままなんて随分失礼な態度だよ。僕はそんな人と話したくない」

 

 凛華が通常の三倍くらいに見開いた目を吊り上げた。

 

「まままままろみ様に向かって、なんと無礼な!」

「いいのだ、凛華」

「しかし、まろみ様!」

「余がいいと言っているのだ。何か問題があるのか?」

「それは、いえ、失礼いたしました」

 

 不満と不平をオーラのように立ち昇らせつつも、とりあえずは矛を収めた。

 

「確かに余の態度は無礼だったな。許せ。だが、こちらにも都合があるのだ」

「とりあえず、こっちを向いてよ。久しぶりに会えたんだから」

「しかし、その、あの」

「僕も会えるのが楽しみだったんだから」

 

 更なる催促に、背もたれが黙り込む。

 

 数秒間、じっくりと間をおいて。

 

「わ、笑わないか?」

「へ?」

「さ、昨夜は眠れなかったのでな。目が充血しているし。は、肌も少し荒れておるのだ。そ、それに、クマもある、かも知れない」

「眠れなかったって、どうして?」

「それは、その、あの」

「まろみ様は学区の頂点に立たれているお方。色々と考えねばならぬことがあるのです」

「そ、そう。凛華の言う通り、余は多忙なのだ」

「でも、ここまで来て顔を見ないで帰るのは寂しいよ。ワガママかも知れないけど、顔を見て話がしたいな」

「そ、そこまで言うなら仕方ない。下々の期待に応えるのも指導者たる余の務めだからな」

 

 背もたれが微かに揺れ、小さな後ろ姿が立ち上がる。

 凛華よりもずっと低い、頼りなく小さな背中だ。

 ポスターにあった軍服を模した衣装を着ている。

 

 数秒間、ためらいがちに身体を揺らしていたが、ようやくにして振り返った。

 

 シルバーのカチューシャで留められたストレートボブの髪。

 やや目尻の上がった大きな瞳。愛らしい鼻に淡い唇。

 

「そんなにじろじろ見るな。失礼であろ」

 

 赤くなった顔をぷいっと逸らした。

 

 

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