《01-13》
「まろみ様は愛玩動物としてリクガメを育てておられます」
「ふむ、こいつがそうだ」
まろみが両手を差し出した。
その上に体長八センチくらいの丸っこい亀が乗っている。
「毎日、朝夕にキャベツをちぎって、この亀に与えるというのが草陰様の仕事になります」
「つまり、この亀の餌係ってわけだね」
「甘く見てはいかんぞ。命を預かるということは、大きな責任なのだ。しかも、こいつはまだ小さい。餌をやり忘れると取り返しがつかないことにもなりかねない。実に困難な任務だ。だが、春乃なら期待に応えられると信じている。もちろん、やってくれるな」
早口で言い終えると、春乃の返事をじっと待つ。
「解ったよ。少しでもまろみたんの助けになるのなら喜んで」
「ふむ、そうか。そう言ってくれると思っていたぞ」
ふうっと安堵の息を漏らす。
「この亀だがな、休日や夜は余が自室で世話をしているが、それ以外はこの部屋で飼っているのだ。つまり、その」
「毎日、始業前と放課後、ここに来て餌をあげればいいんだね」
「ふむ、くれぐれも忘れることがないようにな。ずっと待っているんだからな」
「うん。解ったよ。でも、この部屋で飼ってるのなら、まろみたんが……」
「草陰様、先ほども申し上げましたが、まろみ様はお忙しい身。時間が割けないこともあるのです。万が一を考え、専任の人間を設けるのが妥当と思いますが、何か問題が?」
眼鏡がきらりと光を反射する。
「いえ、ないです。ありません」
「よろしい。他に何か質問がありますか?」
「この亀の名前は?」
春乃の何気ない問いに凛華が明らかな狼狽を見せた。
冷静沈着な副官には有り得ない顔で、まろみの方に視線を向ける。
「あの、名前は?」
凍りついた空気に若干気まずさを覚えながらも、もう一度繰り返した。
「名前などない! 亀は亀だ!」
「そうです! 亀に名前を付けるなんてありえません!」
頬を真っ赤にして声を荒げるまろみに、すぐさま凛華が全力で同調する。
その勢いに圧倒されて思わず頷いてしまう春乃。
「コホン。では、今日は疲れたであろ。ゆっくり部屋で休むがよい」
わざとらしく咳払いをしながら、まろみが退室を促す。
「うん。ありがとう。あ、最後に一つだけいい?」
「ん、なんだ?」
「まろみたんはどうして制服を着てないの?」
「余は支配者だからな。このような格好をする義務があるのだ」
やや自慢気に、膨らみのない胸を反らした。
「そう、なんだ。変な衣装を着てるよりも、制服の方が似合うのにって思ってさ」
「ままままろみ様になんと失礼な!」
「ごめんなさい! じゃあ、また明日!」
凛華の怒声に慌てて部屋から逃げ出す。
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