《01-06》
「可憐の意味が解ってないのか? これだから頭の悪いヤツは困るんだよ!」
少年の右手が動いた。素早くポケットから何かを掴み投げつける。
コインだ。
一直線に少女に迫る。
凄まじい速度で飛来するコイン達を、警棒が難なく弾き落とした。
その隙に少年は間合いを詰めていた。
勢いを殺さず、硬く握った拳を顔面に向かって打ち出す。
女相手にも容赦のない一撃だ。
少女が首を捻って、辛うじて避ける。しかし僅かに体勢が崩れた。
そこに次の拳が、少女の腹部、鳩尾に見事にヒットする。
「くはっ」
急所への一撃に苦しげな呼気が漏れ、思わず数歩後ろに下がった。
チャンスとばかりに少年が踏み込み、更なる攻撃を繰り出さんとする。
少女の後退が止まった。闘志がダメージを超えたのだ。
逆に、ぐっと足に力を入れると、大きく身体を回転させた。
ふわりとスカートが広がる。渾身の回し蹴り。
少年がとっさに目を閉じた。視界に飛び込んで来たからだ。
淡いブルーで飾り模様の付いた、実に乙女らしいデザインの下着が。
闘争の場において、そんな紳士的な振る舞いは自殺行為。
直後、ハイキックが少年の顔を捉えた。
不十分な体勢からの一撃は、致命傷にはならなかった。
今度は少年の方が距離を取る。
互いに距離を維持し、次の手を探る。そこに。
「支援します!」
の声と共に、警棒を手にした生徒達が走り込んで来た。
女子が四人に男子が五人。
「よし、包囲しろ。一気に捕縛する」
少女が指示を飛ばす。
「捕縛だと? 本気か?」
「まだ始業時刻には数分ある。ルール内だ」
「分が悪すぎるな。引き上げるぞ!」
春乃を捕らえていた二人が、さっと離れて少年の後ろについた。
「逃がすと思うか! 制圧しろ!」
警棒を振りかざし駆け寄ってくる生徒達を一瞥すると、少年は小さな球を足元に叩きつけた。
くぐもった破裂音と共に、黒い煙が吹き出す。
濃厚な煙が少年達を覆い尽くすまでには、ひと呼吸も掛からなかった。
視界の利かない状態では同士討ちの危険がある。
接近を躊躇っている間に、風が煙を吹き散らす。
既に少年達三人の姿は消えていた。
「煙幕とは古風な手を使う。しかし、見事に逃げられたな」
悔しげに呟くと、腰の後ろ側に付けたホルスターに二本の警棒を戻した。
くるりと踵を返し、地面に倒れたままの春乃に近づく。
「立てますか?」
片膝を付き、左手を差し出した。
「あ、うん」
その手を取って身体を起こす。
細くしなやかな指からは、とても数秒前に警棒を握って立ち回りしていたなんて思えない。
「申し訳ありませんでした」
「え?」
いきなり深々と頭を下げられ、春乃は当惑してしまう。
「駅までお迎えにあがったのですが、行き違いになってしまいました。草陰様を危険に晒してしまい、どうお詫びすればいいのか」
「あ、その、僕の方こそ助けてもらって。お礼を言う立場ですよね。ありがとございます」
その言葉に少女が顔を上げた。
安堵の息をこぼし、頬を緩める。
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