《07-22》

                    ※ ※ ※

 

 

 校舎の中に入った春乃。函辺達の事が気に掛かる。

 それでも。

 

「僕はやるべき事をやらないと」

 

 未練を断ち切った。

 

 偽者は顔だけでなく、声もそっくりだった。

 未来から時間跳躍能力でやってきた本人、という非現実的な事態が頭に浮かぶが。

 

「超能力はフィクション。もしくは巧妙に擬態した嘘だよ」とサトリの言葉を思い出す。

 ならどんなカラクリなのか。

 

 単純に考えられるのは変装だ。

 特殊な訓練を受けた人間であれば、あれほど見事に化けられるのだろうか。

 そうだと仮定すると。

 

 春乃の背中を冷たい物が駆け下りる。

 

 偽まろみが変装を解いてしまえば終わりだ。

 その他大勢の中に隠れられたら、正体を知らない自分達に追跡手段はない

 

 この校舎に階段は両端と真ん中の計三箇所。

 

 階段を封鎖。

 下から順に各部屋をしらみ潰しにするのが正解だが、一人では当然不可能。

 

 深呼吸を一つ。考え方を少し変えてみる。

 偽者は軍服を着ていた。あの格好で逃げるのは無理だ。

 

「偽者はどこで着替えるはず」

 

 つまり着替えを用意してある事になる。

 恐らくまろみが自由に出入りでき、他の人間が簡単に立ち入れない場所に。

 

「そんな場所は執務室しかない」

 

 荒い推測だが、どれだけ考えてもこれ以上の答えは見つからないだろう。

 自分に言い聞かせると、階段を駆け上がる。

 

 一階、二階、三階、度重なる無理な運動に胸が痛む。

 四階、五階、吸い込む息が砂のように重くなる。

 

 それでも挫けずに六階まで走り込んだ。

 壁に手を付いて大きく深呼吸を数回。

 流れる汗を拭って、まろみの執務室に向かう。

 

 どくんと心臓が跳ねた。

 

 執務室のドアが片方だけ開いていた。

 

 足音を殺して近づくと、中を覗き込む。

 

 誰もいない。

 書斎机の脇に、黒い軍服が乱暴に脱ぎ捨てられていた。

 その近くには銀のカチューシャとウィッグ、それに肌色の物体が落ちている。

 

 一足遅かった。間に合わなかった。

 ショックで心が折れそうになりつつも室内に進む。

 偽者に辿り着くための手がかりが、残っているかもしれない。

 そう考えての行動だった。

 

 しゃがみ込んで、軍服を手に取る。

 汗を含んで湿っぽい。

 偽者が着用していたのは間違いない。

 

 そんな春乃の背後で、ドアが動いた。すうっと音もなく。

 

 入り口の脇。

 ドアが開いていると死角になる位置に少女が立っていた。

 その手にはハンマー。五十センチの柄に、大きな金属製の頭がついている残酷なデザインの物だ。

 

 足音を立てずにウィッグを調べている春乃に近づく。

 口元を狂気じみた形に歪めると、無防備な背中にハンマーを振り上げた。

 

 

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