《08-02》

「聞いたか? あの阿呆、変な噂の種になっとるで」

 

 呆れを多分に含んだ声を出したのは美少女の方、桔梗 撫子だ。

 

「下らないゴシップだ。そう見えなくもない男ではあるがな」

 

 なかなかの酷評を口にしたのは、桔梗家の、いや撫子の忠実な僕である須々木 萩人。

 

「せやけど、しょうもない噂やな。あの阿呆が見てるのは、宇宙で一人だけやのに」

「姫にしては、随分とロマンティックな台詞だ」

「ウチかて夢見る乙女やからな。それだけ愛されてみたいもんや」

「姫には俺がいるじゃないか」

「阿呆いいな」

 

 半音上がった声を誤魔化すように咳払いを一つ。

 上気した頬を見られないように顔を背けた。と、大袈裟に肩を落とす。

 

「世の中は意地悪や。ウチは爽やか系が好みやのに。こんなんにしか好かれへんのやろか」

「こんなんはないだろ! こんなんは!」

 

 萩人の叫びに、近くの教室で居眠りしていた少女がびっくりして目を覚ました。

 左右でリボン留めした頭を振って周囲を確認する。

 

「なんだ、夢か。びっくりした」

「補習中に居眠りとは随分と偉くなったものだね。桜木くん」

 

 教壇でスーツを着た初老の教官が怒りに肩を震わせていた。

 

「ヤバっ」

 

 慌てて教科書を捲るが時既に遅過ぎ。

 

「君は学問の大切さを解っていないようだね。いいかね。人類文化とは学ぶことから始まったのだよ。かつて、人類がソル太陽系の中だけで活動していた頃は……」

 

 小言モードに入った教官に、座学ワーストワンである桜木 咲夜は、がっくりとうな垂れる。

 こうなったら一時間は説教が続くのだ。

 

「世の中は意地悪だよ。もうちょっとで座学が免除になるところだったのに。委員長には酷く怒られたし。あ、春っちにお昼奢ってあげる約束してたっけ」

「桜木くん! 聞いているのかね!」

「へ?」

 

 間抜けた返事が火に油。説教はハイパーモードに突入した。

 

 

                    ※ ※ ※

 

 

 春乃が目を覚ましたのはダグダ中央病院だった。

 

 輸血用の点滴と、首から胸元に掛けて厚く巻かれた包帯で自分の状況は理解できた。

 

「春くん! 目が覚めたの!」

 

 枕元から飛び込んできたまろみの声に、ゆっくりと首を向ける。

 

「良かった。良かったよ」

 

 繰り返すまろみに、いつもの優しい笑みを作った。

 

 

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