《06-13》

「君達はまだ解っていない。記憶の改竄は入学以降だけじゃないんだ。辻褄を合わせる為に、入学前の記憶にすら及んでいる。この意味が解るね」

 

 凛華が函辺を見た。

 幼少から共に過ごしてきた親友。

 その絆が偽りの関係である可能性もある。

 

「そんな怖い顔すんな。この腐れ縁は本物さ。非常に残念だけどな」

 

 軽い口調。だが、同じ不安を抱いている。

 凛華は微妙な表情でそれを悟った。

 

「やれやれ、腐れ縁が切れることに期待を抱いてみたのですが、現実とは厳しい物です」

「タイムマシンが開発されたら、過去に戻って関係を清算するんだけどな」

「その子供じみた発想は、とても純粋で素晴らしいですね」

「どういう意味だよ」

「わざわざ説明しないといけませんか?」

 

 いつもの他愛ないやり取り。

 これが最後になるかもと、凛華は不吉な事を考えてしまう。

 

「さ、早くそれを渡してくれ。このままだと、いつまで経っても話が前に進まない」

 

 迷っている凛華を追い抜いて、サトリから紙を受け取る。

 

「よし、開くぞ」

「待って」

 

 凛華にしては珍しく弱々しい声だった。

 

「手を」

 

 震える凛華の手を函辺が包み込むように握る。

 互いに頷き合うと静かに紙を開いた。

 

 映っていたのは一人の少年だった。

 平凡で穏やかそうな。柔らかな表情は頼りない雰囲気を漂わせているが、なんとなく人を落ち着かせる物もある。

 

「草陰だったな」

「そう、草陰 春乃様ですね」

 

 名前が心に浮かんだ。

 途端に耳の奥で凄まじい音が爆ぜた。

 目の前がチカチカと明滅し、世界がぐるぐる回り出す。

 続いて頭を内側から削られるほどの痛みが襲ってきた。

 

 形にならない悲鳴を噛み殺しながら、繋いだ手に力を込める。

 大切な何かを放さぬよう懸命に。

 

 時間にして数分。

 すうっと頭痛が引いていった。

 全身の倦怠感と、強く握り合った手の痺れだけが残っていた。

 

「私は……」

 

 凛華が真っ青になった唇を微かに開いて漏らす。

 

「自分は……」

 

 函辺が血の気の失せた頬で呟いた。

 

「記憶が戻ったようだね。良かったというべきか。それとも」

 

 すっとサトリが立ち上がる。

 

「今は混乱しているだろうし、少し時間を空けよう。今夜二時に寮の裏で待っている。ボクに力を貸してくれるなら来て欲しい。無理強いはしないよ。君達の意思を尊重するから」

「待ってください」

 

 立ち去ろうとするサトリを、凛華が呼び止める。

 その目には敵意に近い感情が浮かんでいた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る