《07-29》

 いきなり現れた凶悪な武器に、春乃が半歩下がる。

 

「ご心配には及びません。ストーリーは変更します。より美しく儚い話に。だから安心してご退場下さい」

 

 ハンマーがぶんっと春乃を掠めた。

 

 バランスを崩した春乃に、踏み込んで打ち下ろす。

 

 春乃はなんとか身をよじってよけた。

 

「貴方はこの世界に不要なんです! さっさと消えて下さい! 消えろ!」

 

 喚きながらハンマーを振り回す。

 だが、女子には大きく使い難い道具、攻撃精度は低い。

 

 十数回の空振りで、鈴奈の動きはどんどん遅くなっていった。

 一方で、春乃もロスの大きい体捌きでスタミナを見る間に浪費していく。

 しかも、二人ともグラウンドから全力疾走した直後、数分の応酬で互いに距離を開ける羽目になった。

 

「涼城さん、もう止めましょう。こんなの無意味ですよ」

「うるさい! 貴方なんかにこの世界を、わたくしの世界を好きにさせるものか!」

 

 間合いを詰めると、ハンマーを繰り出す。

 しかし、その渾身の一撃も空を切った。

 

 次の攻撃に入る前に春乃がハンマーの柄を掴んだ。

 

「くっ! 離して!」

 

 非力でも男子。女子よりは力がある。

 全身を使って振り払うと、先に鈴奈の手が離れた。

 

 支えを失った鈴奈は半ば投げ出される形になった。

 踏み止まろうと足に力を込めるが、堪えきれず倒れ込んでしまう。

 

「もう、止めましょう」

 

 春乃が息を整えながら、ハンマーを足元に捨てた。

 

「わたくしは、わたくしは、間違っていたのでしょうか」

 

 背中を向けてうずくまったまま鈴奈が尋ねる。

 あまりに力のない声だった。

 

「人間に間違いはあるんです。間違いに気付いたら戻ってやり直せばいいだけなんです」

 

 肩を震わせる鈴奈に春乃が近づく。

 

「わたくしは、やり直せるでしょうか」

「大丈夫ですよ。きっと」

 

 助け起こそうと鈴奈に触れた瞬間、いきなり鈴奈が振り返った。

 

「え」

 

 直後、春乃は首元に違和感を覚えた。

 半ば無意識に押さえる。その手が染まっていた。赤く。生温かく。

 

「あ、う」

 

 じりじり後ずさる。

 それを追うかの如く床に赤い斑点が、ぽたぽたと出来ていく。

 

「仰る通り、わたくしはやり直しましょう。貴方を殺して。全てなかったことにして」

 

 鈴奈が立ち上がった。

 手には刃渡り十センチほどのナイフ。刀身の半分が紅色に光っている。

 

 春乃はなんとか距離を開けようとするがダメだった。

 流れ出る血が容赦なく力を奪っていく。

 膝が抜け、尻餅をつく形になってしまった。

 

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