《07-30》

「やり直すんです。全てを。わたくしならできるはずです。だって、この世界はわたくしが作った、わたくしだけの楽園なのですから」

 

 身体を引きずりながらも離れようとする春乃を睨み、ナイフを逆手に持ち替えた。

 

 鈴奈から目を離さないようにしつつ、春乃は床に手を這わせる。

 

「ある。あるはずだ。この辺りに」

 

 まろみたんだって諦めずに頑張ってきたんだ。自分がここで諦めるわけにはいかない。

 挫けそうになる心を叱咤し、床を探り続ける。

 感覚の鈍くなってきた指先に硬い物が触れた。

 さっき捨てたハンマーだ。

 

 ぐっと掴む。

 チャンスは一度。狙ってる余裕はない。運に頼るだけだ。

 

「しねぇぇぇ!」

 

 狭く暗くなっていく視界の中、鈴奈が奇声を上げて迫ってくる。

 

 残った力を掻き集めて、懸命にハンマーを振るう。

 しかし幸運は起こらなかった。

 タイミングは明らかに早かった。

 

 

                    ※ ※ ※

 

 

「しねぇぇぇ!」

 

 鈴奈は勝利を確信した。

 春乃までは数歩。踏み込んでナイフを振り下ろせば終わり。

 

 春乃がハンマーを振り回すのが見えた。

 だが、早過ぎる。これなら当たらない。

 

 やはり幸運は自分にあったのだ。

 

 そこで何かを踏んだ。バランスが崩れる。

 

 慌てて足元に視線を。

 リクガメだ。

 またこいつ。

 この汚らしい爬虫類が最後の最後まで邪魔をしやがる。

 そう言えば、こいつの名前もハルノだった。

 まったく、何から何まで忌々しい。

 

 咄嗟にぐっと踏ん張った。

 いや踏ん張ってしまった。

 

 つんのめった勢いが加速になった事。

 また踏み止まる為に少し体勢を低くした事。

 この二点が不運だった。

 春乃の振るったハンマーに顔を突き出してしまう結果になる。

 

 左。顎の下辺りだった。

 

 痛みは無い。

 衝撃に世界が揺れ、闇の中に滑り落ちていくだけだ。

 

 遠のく意識の中、胸元に亀を抱いた軍服姿のまろみが満面の笑みを浮かべた。

 

「こやつの名はハルノだ。理由か? なんとなく似ておるのだ。どことなく間抜けで頼りないところがな。誰にって? 誰だったかな? そうだ。余の大切な幼馴染に、だ」

 

 床に倒れ込んでいく鈴奈の口が微かに言葉を紡ぐ。

 

「長い時間を掛けたのに。何度も何度も消そうとしたのに」


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