《08-01》

【8】

 

 二週間が過ぎた。

 偽者騒ぎも既に過去。

 絶対支配者たる菜綱 まろみが君臨する十一学区は、今日も平穏な一日を終えた。

 

 弱々しい人工太陽の夕日と冷たくなり始めた外気が、緩やかに冬への変化を告げている。

 

「あ、草陰君!」

 

 荷物をまとめて教室を出た春乃に、一人の少女が声を掛けた。

 丸みのある輪郭にブラウンのショートカット。

 健康的な笑顔がトレードマークの図書委員長、葦原 結衣だ。

 

「葦原さん、今から図書館?」

「もっちろん! 今日は『イルダーナ』から雑誌が届く日なんだよ! テンション上がるよね! 空くらい飛べるね! 間違いなく!」

「今日も元気だね」

「もっちろん! それだけが取り得だから!」

 

 びしっとピースサイン。

 

「委員長、失礼ですよ。草陰様はまろみ様の幼馴染で」

 

 結衣の袖を引っ張りながら隣の少女が嗜める。

 眼鏡に黒髪ロングの子だ。

 

「いいの。草陰君はそういうこと気にしないんだから。ね」

「ええ。幼馴染でも僕は僕だから。できれば敬語とかなしで」

「あ、はい。前向きに善処させて頂きます」

 

 そう言いつつも、目を合わせようともしない。

 しかしこれが普通の反応なのだ。

 

「じゃあ、僕は用事があるから。図書委員頑張って」

「うっしゃ! ガッテン承知!」

 

 ややずれた答えを返す結衣に手を振ると、春乃は階段に向かう。

 

 その後ろ姿が視界から消えたのを確認して、結衣が平手で黒髪ロングの頭を叩く。

 

「な、なにするんですか」

「同学年の仲間なんだよ。腫れ物扱いしちゃダメでしょ。そういうのって辛いんだよ」

「そう言われても」

「本人が止めてくれって言ってるしさ。図書委員は特別扱いなし。これ委員長命令ね!」

 

 素早く釘を打ち込むと、「さ、図書館に向かうよ!」と歩き出す。

 

 黒髪少女も反論を溜息に置き換えて隣に並ぶ。

 

「草陰様と言えば、近衛侍女隊の友達に聞いたんですけど」

「なに? なに? 面白い話?」

「草陰様って、幼女性愛の趣味があるとか」

「えぇっ! マジで? マジで!」

 

 結衣は全身全霊で驚愕を表した。

 

 壊れたレコードのように「マジで」を繰り返す結衣の脇を、二人の生徒が通り過ぎた。

 

 和風な雰囲気を持った美少女と、野生的な顔立ちの少年である。

 

 

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