《07-19》

「春っち、ずるっこはダメだよ!」


 迫ってくる声に春乃が首を向ける。

 すぐ近くに桜木の不機嫌な顔があった。

 背筋が凍りつく。

 

「はい、つっかまえた!」

 

 伸ばした指先が、春乃の背中に触れる寸前。

 桜木は急に身体を反転。

 後ろから飛んできていた数枚のコインをキャッチする。

 

「女の子に小銭を投げつけるなんて危ないじゃん!」

 

 ぶうっと頬を膨らませる。

 

「女だろうが男だろうが、俺は敵に容赦はしない」

 

 コインを弄びながら、大柄の少年が歩いてくる。

 

「萩人くん」

「ぼやぼやするな。早く行け」

 

 その一言に背中を押されて、春乃は再び走り出す。

 

「どうした? 追わなくていいのか?」

「後ろを向いたら、また投げるんでしょ」

「そんな当然の質問に、わざわざ答えないとダメか?」

 

 大袈裟に肩を竦めながら、函辺の横を過ぎる。

 

「桜木、格闘術では学区トップと聞いてるぜ。一度、遊んでみたいと思ってたんだ」

「あ、どこかで見たことある奴だと思ったら、桔梗お嬢の巾着袋」

「それを言うなら腰巾着だろ」

 

 函辺が律儀に訂正する。

 

「あ、それそれ」

「随分と失礼なやつだな。まあいい。俺は借りを返すだけだ」

 

 野獣を思わせる顔に凶暴さが増す。

 

「忠告しておいてやるが俺はプロだ。学区トップと言っても所詮は子供。怪我しない内に引っ込んどきな」

 

 自信に満ち溢れた口上に、桜木が苦笑を浮かべた。

 

「そういうのってさ。実力が伴ってないと虚しい台詞だよ。後で、ほ、ほ、ほえほえ……」

 

 函辺が大きく溜息をついた。

 

「吠え面か?」

「あ、それそれ。委員長、ナイスフォロー」

「忠告はしてやったからな!」

 

 下らない問答を遮って、萩人がコインを投げた。

 

 光を反射しながら、十数枚のコインが凄まじい速度で迫る。

 

「きゃん」

 

 可愛らしい悲鳴を上げながら桜木が頭を下げて避ける。

 

 しかしコインは陽動。

 桜木の眼前まで、萩人が一気に駆け寄っていた。

 硬く握った拳を微塵の容赦もなく打ち下ろす。

 

 拳が当たる寸前、桜木の姿がすうっと掻き消える。

 

「な!」

 

 空を切る一撃。しかも見失った。

 

 

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