《05-16》

「とぼけおって。まあいい。余の命令に逆らうなら、力で従わせるだけだ」

「草陰、まろみ様を連れて逃げろ!」

 

 呪縛を解こうと全身を力ませながら、函辺が叫んだ。

 

「でも、ハコベさん達が」

「これ以上恥をかかせるな! 行け!」

 

 肝心な時に主君の身を護れなかった。その忸怩たる思いは言葉にできない。

 

「函辺よ、まだ解らぬのか。どちらが真のまろみであるか。その瞳を見開き知るがいい。真に光輝く者が誰なのか!」

 

 まろみが力強く言い放つ。

 

 光輝く者。何故、支配者や本物という有り触れた単語を使わないのか。

 その芝居じみた言い回しに春乃は違和感を覚えた。

 

「動いてよいぞ」

 

 春乃の思考をまろみの冷めた声が遮った。

 

 見えない鎖から解き放たれた武装風紀委員達が、バランスを崩してよろめく。

 

「ハコベさん! 大丈夫?」

「大丈夫だ。少し頭が痛むだけだ」

 

 額を押さえて弱々しく答える。

 

「函辺よ、余とそこの女、どちらが本物の菜綱 まろみだ?」

 

 函辺の目が二人の間を忙しなく往復する。

 

「これだけ背格好に差があれば間違うはずがないであろ」

「はい。それは……」

「では、いつまで武器を向けておるのだ」

「し、失礼しました」

 

 警棒を腰のホルスターに戻すと、すぐさま姿勢を正して敬礼する。

 

 その態度に唖然とするのは春乃だった。

 一言も発する事ができず周囲を見回す。

 

 函辺だけではない。全員が疑念のこもった目で春乃達を見つめていた。

 

 完全な孤立状態。

 その状況が春乃の心を容赦なく締め上げる。

 気を抜けば絶望に崩れ落ちそう。立っているだけで精一杯だ。

 

「ん」

 

 春乃の腕の中、制服のまろみが小さく呻いた。

 

 微かに目蓋を振るわせたかと思うとゆっくりと開く。

 

「まろみたん」

 

 その不安そうに揺れる瞳が春乃を奮い立たせる。

 ぐっと両足で踏ん張ると、ぎゅっとまろみを抱く腕に力を込めた。

 

「春くん……」

「大丈夫だよ。僕が護るから」

 

 か細い声に精一杯の笑顔で答える。

 緊張で強張った表情は、決して心強い物ではない。

 

「うん」

 

 それでも安堵の声を漏らすと、まろみは静かに目を閉じた。

 

「護るだと? ふん、下らん。お前ごときが何をどう護れるというのだ」

 

 軍服のまろみが憎々しげに告げる。

 

「己の非力さを思い知らせてやる。おい! こやつらをひっ捕らえろ! 抵抗するなら痛めつけてやっても構わん!」

 

 

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