《01-09》

「呼称の件ですが、そういうことですので、お好きなように」

「じゃあ、ハコベさんと呼ばせてもらっていいですか?」

「し、下の、名前ですか?」

 

 慣れていないのだろう。

 頬を微かに朱に染めて、明らかな狼狽を見せる。

 

「あ、委員長、柄にもなく照れてる。かっわいぃ」

 

 桜木が声を上げた。

 他の生徒達も普段見ることのない函辺の様子に、小声でこそこそと意見交換を始める。

 

「あ、ごめんなさい。嫌なら」

「いえ、好きに呼べと言ったのは自分です。不服はありません」

「っていうか可愛く呼んでもらえて嬉しいですぅ」

「桜木! お前!」

 

 絶妙のタイミングで茶々を入れた桜木の首根っこを引っ掴み、強引に抱き寄せた。

 長身を利用し、そのままヘッドロック。

 完全に動きを封じると、拳骨を作って頭にぐりぐりと押し付ける。

 

「いだい! いだいって! いだだだだ! いだだだだだだ!」

 

 乙女らしさを微塵も感じさせない悲鳴に、笑いが起こる。

 

「委員長、もっとぐりぐりしちゃってください!」

「桜木! バックドロップだ! お前ならいける!」

 

 無責任な応援まで飛び出した。

 

 武装風紀委員。

 高圧的な肩書きを持っている彼らだが、自分と同じハイスクールの陽気な生徒。

 春乃はなんとなく安心感を覚えた。

 

「ごべんなざい! ごべんなざい!」

 

 タップしながら謝罪の言葉を繰り返すが、函辺は手を緩めない。

 更にぐりぐりし続ける。

 

 約三分後、函辺がようやく腕を解いた。

 支えを失った桜木がぐんにゃりと崩れ落ちる。

 

 ふうっと息を吐いて、函辺が春乃の方に向き直った。

 

「見苦しいところを見せてしまいました」

「いえ、とても仲がいいんですね」

 

 他のメンバーに助け起こされている桜木を見ながら、春乃は思った事を口にした。

 

「それなりには、と答えておきます。呼称の件は了解いたしました」

「ありがとうございます。それと、もう一ついいですか?」

「はい。なんなりと」

「あの、同じ一年生なんですから、敬語は止めにしませんか?」

 

 その提案に函辺の表情が硬くなる。

 

「しかし、草陰様……」

「その様ってのも止めてくれませんか。同じ一年生なのに変ですよ」

「で、ですが、私達と草陰様は身分が違います。その、草陰様はまろみ様の幼馴染で……」

「僕はただの転校生なんですよ」

 

 函辺の顔に当惑が浮かぶ。

 

「僕は転校生なんです。新しい環境に馴染めるか、早く友達ができるか不安で一杯なんです。だから、ハコベさんやみなさんと友達になりたいと思ってるんです」

 

 思いも寄らない申し出に、他のメンバーにも動揺が走った。

 不安そうに視線を交わしながら、リーダーたる函辺の反応を待つ。

 

「それは命令ですか?」

「いえ、お願いです」

 

 函辺が目をつむる。

 しばしの沈黙後、意を決して目を開けた。

 

「自分達は武装風紀委員です。任務に私情を挟むことは許されません。もし友人らしく振舞えと命令されたのであれば、自分達はそのように振舞ったでしょう。ですが、草陰様はお願いと仰いました。で、あれば自分達はそれを拒否することができるはずです。そして、そうするのが正しいと思います。これが武装風紀委員長、小鬼田 函辺としての答えです」

 

 ここで大きく息を吐いた。

 

 

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