《01-08》

 第六校舎一階の北隅にある事務所。

 

 手続きを終えた春乃が廊下に出た。

 待機していた武装風紀委員達が、敬礼で迎えてくれる。

 

「あの」

「なにか?」

 

 恐縮して出した声を、隣の函辺が受け取った。

 春乃より数センチ上に視線がある。

 

「いや、悪いなと思って」

「お気遣いなく、任務です」

 

 端的な回答に言葉を失う春乃。

 しかし、その心遣いは伝わったのだろう。武装風紀委員達の表情が微かに緩む。

 

「たるむな。任務中だぞ」

 

 途端に叱責が飛んだ。短い一言で緊張が戻る。

 

 武装風紀委員の存在意義については不明だが、かなり練度の高い実践的な部隊である事は春乃にも解った。

 

「草陰様、このまま六階に向かいましょう。まろみ様がお待ちです」

「え? お待ちって?」

 

 ふと左手首のデジタル時計に視線を落とす。時刻は十時前。授業中のはずだ。

 と、そこで新たな疑問に気付いた。

 授業中だと言うのに、函辺達はこんな所にいていいのだろうか?

 

「自分達武装風紀委員は任務中に限り、授業その他の拘束事項を無視できる特権が与えられています」

「あの、まろみたんは?」

「まろみ様ですか? まろみ様は、この学区の頂点に立たれるお方です。授業や学校行事と言った些末なことに束縛されません」

 

 函辺の答えに春乃は首を捻らざるを得ない。

 彼の知るまろみは、真面目な優等生。

 学区入学前の初等教育では、皆勤だったはずだ。

 少しくらい体調を崩しても学校に通う、地味な努力家だった。

 

「普段は授業に出ておられますよ。常に全校生徒の模範たらんとしておられます」

 

 春乃の納得いかない顔に気付いて、函辺が慌てて言葉を継ぎ足す。

 

「ささ、草陰様、急ぎましょう」

「はい。あの……」

 

 少し重くなった空気を和らげようとしたが。

 

「あの、すいません。なんて呼んだらいいですか?」

 

 定番なら苗字に敬称を付けるが普通だが、小鬼田さんという呼称は女の子に似つかわしくない気がする。

 外で襲ってきた少年はオニハコと呼んでいたが、どう考えても悪口。

 役職のまま、武装風紀委員長というのが無難ではあるが、幾分長過ぎる。

 

「普通に呼び捨てで構いません」

「でも、呼び捨てっていうのは、やっぱり先輩に対して失礼だし」

「自分は草陰様と同じ一年生です」

「え?」

 

 春乃のシンプルな反応に、ぷっと小さく頬を膨らませた。

 

「草陰様ぁ、私達武装風紀委員は全員一年生なんですよぉ」

 

 春乃の左後方にいた女子が近づいて春乃に告げた。

 

 くりっとした目の天真爛漫そうな女の子。

 長い髪を頭の左右でリボン留めしている。

 

「桜木! 任務中だぞ!」

 

 すぐさま函辺が吠えた。

 

「はぁいはぁい、ごめんなさいでした」

 

 不満百二十パーセントの表情で元の位置に戻る。

 

「まったく」

 

 大袈裟に溜息を一つ。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る