《03-08》

 軽いやり取り再開しつつ、入り口の方に向かった。

 近づくにつれ、電子音が作り出す軽やかなメロディが聞こえてくる。

 

 自動ドアを開け中に。

 初めて入ったゲームセンターにまろみは息を飲んだ。

 

 薄暗い店内は様々なゲームから発せられる光と音で満ちていた。

 実に混沌とした空間。色と曲の破片だけが散らばる荒れた世界。

 だが、それらのファクターが不思議な形で混じり合い、まるで緻密に積み上げられたオブジェのように確固たる調和を生んでいる。

 

「中は結構広いんだね」

 

 春乃が周囲をぐるりと見回す。

 

 店内は大きく四つに分かれていた。

 入り口付近にはクレーンゲームの類がずらりと置かれ、奥は対戦型のビデオゲームが集まっている。

 左側はメダルゲームのコーナー。右の方にあるのは写真シール機達だ。

 

 まずは手近なクレーンゲームから順に物色する。

 

 空飛ぶ円盤型捕獲機の名で親しまれているスタンダードな物だった。

 空飛ぶ円盤型のクレーンを手元のボタンで操作し、下に詰まれたヌイグルミを捕獲し連れ去るのだ。

 

「このタイプのゲームって、余り変わってないんだね」

 

 春乃が足を止めた。

 気だるそうな顔をしている羊のキャラクター『蒸れ羊』の抱きヌイグルミが並ぶ筐体の前だ。

 

「春乃、止めておけ」

 

 コインを入れようとする春乃にまろみが声を掛けた。

 

「『蒸れ羊』は嫌いだった?」

「そうではない。余も可愛いキャラクターは大好きだ。いいか、クレーンゲームというのは取れそうに見えても取れないのだ。今から入れるコインは何も得ることなく……」

「大丈夫だよ。見てて」

 

 軽くウインクするとコインを入れる。

 

 てってれてってれ、てってれてってれ。と軽快な音楽が鳴り出す。

 

 クレーンが奥まで移動。そこから静かに降下を始める。

 

「ほら、見たことか」

 

 と、まろみ。

 

 クレーンは明らかに狙いを外していた。

 ターゲットとしたヌイグルミより、数センチ後ろを降りていく。

 

「ううん。狙いはバッチリだよ」

「ん、どういう意味……。をを!」

 

 不思議な事が起こった。

 クレーンの上昇に合わせて、ヌイグルミが動き始めたのだ。

 

 唖然とするまろみの前を、ゆっくり通って取り出し口に向かう。

 

「ほら、取れたよ」

 

 固まっているまろみに、誇らしげに春乃が告げる。

 

「どういうことだ? まさか春乃、お前も特別な力を持っているのか?」

「あはは、違うよ。これはテクニックの一つなんだ」

 

 取り出したヌイグルミの背中側を向ける。

 透明の紐で商品タグがくくりつけられていた。

 紐は輪になっており、これをクレーンで引っ掛けたのだ。

 

「凄い! 凄いぞ、春乃! 不可能を可能にする男だな!」

 

 

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