《03-09》
「それは言い過ぎだよ。はい、あげる」
突き出されたヌイグルミ。
もこもことした水色の毛に包まれ、半開きの目と半開きの口という間抜け面な羊を差し出した。
「い、いいのか? それはお前が取った物なんだぞ?」
「うん。まろみたんにもらって欲しくてね。あ、要らなかったら」
「いや! 要る! 要るぞ!」
微かに震える手で春乃から受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
もこもこした感触が心地良い。
「余は、余はとても嬉しい」
「そんなに喜んでくれると、僕も嬉しくなるよ」
更に力を込めるまろみに、春乃は目を細めた。
しかし、この呆けた顔のヌイグルミを抱きしめていると、絞め技で落としたみたいにも見える。
「じゃあ、次はメダルゲームをしようよ。あれなら一緒に楽しめると思うし」
「ふむ、余はこういう遊戯場には慣れておらぬのでな。お前の提案に従おう」
「お任せください。まろみ様」
「ふむ、期待しておるぞ」
恭しく一礼する春乃に、まろみは仰々しく頷く。
それから声を出して笑いあった。
※ ※ ※
しばらくメダルゲームに興じた後、日用品の店に入った。
「折角キッチンが付いてるんだから、少しは自炊しないとね。卒業したら、そういう機会も減るだろうし」
「それで食器と弁当箱というわけか。なかなか殊勝な心掛けだ」
ふむふむと頷くまろみ。
「よし、これにしよう」
商品棚に並んだ弁当箱からプラスチック製のスタンダードな物をチョイスし、手に提げた買い物カゴに入れる。
中には小型の鍋とフライパン。五枚セットの小皿と茶碗が入っていた。
「まろみたんは食堂で済ませているんだよね?」
「む。随分と失礼なことを言う。余が料理一つできぬと思っているのか? それは余に対する侮辱と受け取っていいのか?」
胸元に水色の羊を抱きしめたまま、睨みつける。
「ごめん、言い方が悪かったね。そうじゃなくてさ。いつも忙しいって言ってるから。自炊する時間はないだろうって思ったんだけど」
「なるほど、そういうことか」
「やっぱりまろみたんは頑張り屋さんだね。毎日、ちゃんと自炊してるなんて」
「自炊か。自炊な。いや、もちろん自炊しておるぞ。余も乙女だからな、最低限の家事くらいはこなせる」
「じゃあ、お弁当も毎日?」
「あ、当たり前ではないか。弁当一つ準備できない人間は情けないとしか言えん」
目を泳がせながら答えるまろみ。
だが、春乃はお椀を物色しながらなので、その微妙な変化に気付かない。
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