《02-18》

「そう、聞いてるよ」

「やっぱり。それは誤解っちゅうもんや」

「誤解だって?」

「ウチらが望むのはあくまで対話。争う気なんてあらへん」

「そうは思えないよ。現に昨日だって……」

 

 春乃の言葉が揺れた。

 

 撫子の瞳が今にも溢れそうなほどに涙ぐんでいたからだ。

 

「人に信じてもらわれへんのは辛いなぁ」

 

 ほっそりとした指先で目尻をそっと拭う。

 

「春乃はんは、まろみはんの幼友達。ウチなんかの言葉を信じろというのは、余りに酷やな。解った。今後、『ハルベルデ』は、春乃はんに近寄らん、それで堪忍したってほしい。この通りや」

 

 そう言うと、深々と頭を下げる。

 

「ほな、もう会うこともない。萩人、行くで」

 

 顔を上げると同時に踵を返した。

 

「いいのかよ、姫」

 

 いきなりの行動に萩人が狼狽した声を上げる。

 

「その呼び方、ここではあかん言うてるやろ」

「あ、済まん」

「いや、ええ。どんな時でもウチを信じてくれるのは、お前しかおらへんしな」

 

 半ば独り言のように呟くと、肩を落として歩き出す。

 

「ちょっと待って」

 

 その余りに弱々しい背中を、春乃が堪らず呼び止めた。

 

「一つだけ、一つだけ教えて欲しい」

「なんやろ?」

「対話を望んでいるなら、どうして僕を捕らえようとしたのかが説明できない。力で物事を要求するなんて矛盾じゃないか」

「春乃はんは、ええ人やな」

「茶化さないで真面目に答えてよ」

「そんなええ人には、想像もでけへんのやろな」

 

 撫子が小さく首を振る。

 

「まろみはんは学区の頂点。絶対権力者や。話したかっても近づくことすらでけへん」

「だから、僕を人質にするつもりだったと?」

「そう。交渉の場に、まろみはんを引っ張り出す餌になってもらうつもりやった。確かに手段は間違ごおてる。汚いやり方や。それでもな」

 

 くるりと身体を回転させ、春乃の方に向き直る。

 

「どれだけ非難を受けようともな。ウチらには、やらなあかんことがあるんや」

「そこまでして、何を求めるつもりなの?」

「嫌やわ。質問は一つや言うたのに」

「うっ」

 

 言葉を詰まらせる春乃に、撫子が表情を緩めた。

 

「ふふ、冗談や冗談。ウチらが求めているのは選挙なんや」

「選挙?」

「生徒会の役員人事は、まろみはんが独断で決めてはる。せやけど、それは歪な形や。ちゃんと立候補者を募りし、生徒達の承認を得るのが正しいやり方と違うやろか」

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る