《02-06》

「ありがとう。でも、大丈夫だよ、すぐに慣れるから」

「む、そうか。ならいいのだ」

 

 会話が途切れた。ゆったりとした沈黙が流れる。

 

 互いの間にあった八年。

 十五歳の二人にとっては長かった、あまりに長過ぎた時間。

 それが少しずつ溶け合い混じり合ってく為には必要な沈黙だった。

 

 頬を僅かに染めながら会話の糸口を探す二人に、常に冷静さを崩さない凛華の表情が緩んだ。

 二人の世界を壊さぬように、足音を殺して部屋の隅まで離れる。

 

「春乃……」

 

 先に声を出したのは、まろみの方だった。

 が、次に用意していた言葉、「どうだ。制服が似合っておるであろ」というのは余りに恥ずかしく口にするのを躊躇ってしまう。

 結果。

 

「その、昨日は良く休めたか?」

 

 直前の質問をリピートする事になった。

 

「うん。あ、今日は制服なんだね」

「そうだ。春乃がどうしても見たいと言ったからな。仕方なく制服にしてやったのだ。余の寛大さに感謝するがいい」

「ありがとう。すごく似合ってるよ」

 

 シンプルな台詞。

 その飾り気のない素朴な一言が、逆に込められた心を感じさせる。

 

「当たり前だ。余はこの学区の支配者、菜綱 まろみなのだからな」

 

 耳まで真っ赤にして、ぶつぶつと呟く。

 

 視線を落として言葉を揺らすまろみは、春乃の記憶にあるまろみ、そのままだった。

 

 八年前の別れの日、ターミナルで交わした約束が思い出される。

 子供の頃の他愛ない約束を彼女はまだ覚えているのだろうか?

 

「春乃、聞いているか?」

「あ、ごめん。ちょっとぼんやりしてて」

「むむ。では、もう一回問うぞ。春乃が望むなら特別に、特別にだぞ。立ち上がって、余の見目麗しい制服姿を見せてやってもいいと思っているのだが」

「うん、見たいな」

「仕方ないな。特別に見せてやろう。いいか、特別なんだぞ、特別なんだからな」

 

 椅子から立ち上がると、デスクの横を抜けて春乃の前に立った。

 

 小柄で華奢なまろみの立ち姿は、触れると折れてしまいそうなくらい可憐で、春乃はつい呼吸するのも忘れて見入ってしまう。

 

 黙り込む春乃に、まろみはある可能性に行き着いた。

 

「まさか、二十パーセントの方だったのか?」

「え? 二十パーセントって?」

「いや、こっちの話だ」

「ごめん。すっごく可愛くて、いい言葉が思い浮かばなくて。その、とても似合ってるよ」

「ふん。そんな安っぽい褒め言葉で、余が喜ぶとでも思っているのか。まったく」

 

 ぷいっと逸らした顔は、嬉しさと照れで一杯になっていた。

 

「ごめんね。ホントに……」

「解っている。他愛ない冗談だ。余はその言葉を嬉しく思うぞ」

 

 二人のやり取りを見守っていた凛華が腕時計に目を落とし、小さく溜息をこぼした。

 

 

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