《02-13》

 

                    ※ ※ ※

 

 

「随分と愉快な顔をしておるな」

 

 執務室に入った春乃を見たまろみの第一声は、それだった。

 

「どうしたというのだ?」

「色々とあってさ」

 

 右の頬をぷっくり腫らせた春乃が、溜息交じりに答える。

 

「階段で足を滑らせて転倒されたらしいのです」

 

 凛華が素早く説明を継ぎ足した。

 

「不注意な話だな」

「実に不注意ですね。今後、言動には気をつけて頂いた方がよろしいかと思います」

「はい。注意します」

「良い返事です。では春乃様、これを」

 

 繊維質たっぷりの新鮮な球状野菜を手渡した。

 

「春乃、この学区はどうだ? 過ごしやすそうか?」

 

 キャベツをちぎって、床の亀に食べさせてようとしていた春乃にまろみが問う。

 

「うん。まだ解らないことが多いけど、みんな親切だし。直ぐに慣れると思うよ」

 

 心配を掛けぬよう、明るい笑みを作る。

 

「そうか。ならいいのだ。余は、余はお前が微笑んで、笑顔でいてくれれば、それで」

 

 後半は胸元のリボンタイをいじりながら、むにゅむにゅと噛み締めるだけであった。

 そんな自分の仕草に気付いて、慌てて話題を変える。

 

「ところで春乃よ。今朝の朝礼は見ておったか?」

「あ、うん。ここから見てたよ」

「どうだ。余の素晴らしさが解ったであろ。余の偉大さに感服したであろ」

 

 グラウンドに並んだ生徒達を大声で煽り立てるまろみ。

 その狂気に満ちた場面を思い出し、春乃の背筋を冷たい物が駆け下りる。

 

「どうしたのだ、春乃?」

「ね、まろみたん、無理とかしてない?」

「確かに支配者は大変だ。だがな、凛華を筆頭として余を支えてくれる優秀な部下達がいてくれる。心配は無用だ」

「まろみ様」

 

 まろみの言葉に、凛華が瞳を潤ませる。

 

「それなら、いいんだ。でも、まろみたんは少し変わったね」

「八年も経つからな。身長も伸びたし、大人っぽくなった」

 

 同級生と比べても随分と小柄で、凹凸の殆どない子供っぽい体型。

 だが、それでも七歳の頃に比べればかなり、それなりには、そこそこ、なんとなく、微妙ではあるが……。

 

「いや、そういう意味じゃなくて、メールとかなり印象が違ってたから」

「メール? なんのことだ?」

「やり取りしてたメールだよ。最近来ないから、ちょっと心配してたんだけど」

 

 毎週一通ペースで八年間続けていた習慣。

 五月の末、手帳にある写真が添付されていた物を最後に、まろみからのメールは途絶えていた。

 

「何を言っているのだ。余はお前にメールを送ったことも、お前から貰ったこともない」

 

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