《03-11》
「いや、これはチャンス。見事な弁当を作れば、女の子らしさを最大限にアピールできる」
ふふっと不敵な笑みを浮かべた。
「余ならできる。余は偉大なる支配者、菜綱 まろみなのだからな」
※ ※ ※
「春乃がプリン好きだったとは知らなかったな」
いくつかの店を回ってから、屋上にあるオープンカフェでお茶をする事にした。
二人が座ったのは、一番北側の席。
少し首を伸ばせば、眼下に商店街のアーケード屋根とレールロードの線路が見える。
秋の夕日に照らされて、柔らかな色合いに満ちた街。
人工的な作り物であっても、心の温かくなる景色だ。
春乃の手には荷物がいくつか増えていた。
一方のまろみはと言えば、水色の羊をずっと抱きしめている。
「うん。まあね」
最後に立ち寄ったスイーツ店でプリンを買った。
もちろん『ふわふわプリン』である。
「そのプリンは凛華が好物だったな。暇を見てはここまで買いに来ているようだ」
「みたいだね。今日も来ていたりして」
少し離れた席で、雑誌に顔を埋めていた黒いトレンチコートの背中が跳ねた。
「ところで、まろみたん」
「ん、なんだ?」
「あのね、実はお願いがあるんだけど」
そう切り出し、コーヒーを一口含む。
珍しく真面目な様子の春乃に小首を傾げつつも、まろみはアイスミルクをストローで吸う。
しっとりたした味わいと適度な冷たさが心地良い。
「その、凄く言い辛いんだけど」
言葉を揺らす春乃を見て、ある可能性がまろみの脳裏を過ぎった。
時刻は夕方に近づき、楽しかった一日も終わろうとしている。
素敵な時間を過ごした二人が再開を約束し、最後に行う儀式と言えば。
ごくんとミルクを飲み込む。
接吻。古風な言い方をすれば口づけ。可愛く言うならキッス。
極限まで愛らしさを追求すればキッチュ。
映画やドラマのラストシーンを妄想し、まろみの頬が夕日より赤く染まった。
ヌイグルミを抱く腕に一層の力がこもり、呆けた羊の顔がぶにゅんと歪んだ。
「気に食わんな」
春乃に届かない程度に呟く。
初めてのデートで接吻を迫るとは、あまりに軽く見られているのではないか。
それにお願いという言い方も気に食わない。
そもそも、春乃からは告白すらされていないのだ。
微かに眉間を険しくしつつ、左手の指先で唇に触れた。
大丈夫、荒れてない。
「あのさ、まろみたん」
「は、はい!」
反射的に背筋を伸ばして座り直す。
そんなまろみの横を、ウェイトレスが通り過ぎていく。
トレイに乗っているのは、この店の看板メニューでもあるデラックスなプリンパフェ。
黒いトレンチコートの席で足を止めると、やや引きつった笑みを添えてテーブルの上に置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます