《06-04》

 妙に芝居がかった表現に、凛華が眉を潜める。

 

「仰っている意味が解りませんが」

「嫌だな。解っているはずだよ。解っているけど認めたくないだけなんだ。誰しも自分の記憶は、自分だけの物だと信じているからね」

 

 記憶という単語に凛華は冷水を浴びせられた気がした。

 今、まさに自身の記憶を疑っていたのだから。

 

「事態は切迫している。君達だけが頼りなんだ。このドアを開けて欲しい」

 

 凛華が躊躇う。

 不吉な予感とでも表現すべきだろうか。

 自分の中にある本能的な何かが警告を告げていた。

 

 肩に手が置かれた。

 自分より大きな、力強くもしなやかな手だ。

 

「代わろうか?」

「いえ、大丈夫です」

 

 意を決しノブを回す。

 ロックが外れ、静かにドアが開いた。

 

 立っていたのはぶかぶかの制服を着た小柄な少年だった。

 キャップを目深に被り、眼鏡とマスクで顔を隠している。

 

 不審を絵に描いたような出で立ちに、凛華達は思わず息を飲んだ。

 

 そんな二人に少年は透き通る声でこう告げた。

 

「やあ。こうして直接会うのは初めてだね。ボクがサトリだよ」

 

 

                    ※ ※ ※

 

 

 余りの寝苦しさに春乃は目蓋を開いた。

 

 酷い頭痛がする。

 頭を巨大なペンチで挟まれているみたいだ。

 

「ここって……」

 

 混濁する意識ながら周囲を見回す。自分の部屋ではなかった。

 

 寝ているのは壁際に置かれた簡素なパイプベッド。

 やや湿っぽいのは寝汗のせいだろう。

 

 室内を弱々しく照らしているのはオレンジ色の電球。

 壁はのっぺりとした灰色で、愛想の欠片もない。

 目が正面まで移動したところで止まった。信じられない物があったからだ。

 

 鉄格子だった。

 スライド式の戸と壁は金属の格子で、映画等にある牢獄を思わせた。

 

 ベッドから降りて、覚束ない足取りで進んだ。

 

 格子を掴む。ひんやりとした感触、力を入れてみるが軋みもしない。

 無駄とは思いつつも戸に手を掻けた。やはり鍵が掛かっている。

 

 閉じ込められている。

 愕然とする現実にずるずると腰が落ちた。

 

「春くん、目が覚めたの?」

 

 弱々しい、だが聞き覚えのある声だった。

 

 格子に張り付いて通路の向こうを見る。

 部屋はない、灰色の壁だ。

 

「こっちだよ。こっち」

 

 視線を横に移動。

 隣の部屋、同じような格子の隙間から、細い腕が揺れていた。

 

 

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