《08-04》

「意識が戻られたようですね。安心しました」

 

 花が活けられた花瓶を窓際に置く。

 相変わらず冷静な様子だが、眼鏡の向こうにある瞳には安堵の色が映っていた。

 

「丸二日眠ってたからな。まったく、心配掛けやがって」

 

 と函辺。

 絆創膏が顔のあちこち貼られた酷い状態。

 にも拘わらず、快活なところは変わらない。

 

「春乃様、目覚めたばかりで悪いのですが、伺いたいことが二つあります」

 

 左手で眼鏡をくいっと上げる凛華に、春乃は首肯して続きを待つ。

 

「まず一点目は偽まろみがどうなったのか。もう一点は春乃様と涼城さんが執務室で倒れていたことについてです」

「あの」

 

 春乃が言葉を揺らしながら、凛華の質問を噛み締める。

 

「あの、涼城さんは?」

「まだ意識が戻っていません。鈍器で顔面を殴打されたらしく、顎を骨折。また倒れた際に頭部を強くぶつけたと思われます。でも、ご安心下さい。命に別状はありません」

「そうですか。良かった」

 

 ほっと息をつく。

 

「偽者なんですけど、その、偽者には逃げられました」

 

 極力落ち着いた声で告げる。

 

「僕が執務室に駆け込んだ時、偽者は変装を解いて制服姿になっていました。僕は捕まえようとしたんですが、彼女の持っていたナイフで切りつけられて。で、騒ぎを聞きつけた涼城さんが助けにきてくれて。それで、あの」

「なるほど、そこで意識が途絶えたということですね」

「そこからが思い出せないので、多分」

「そうなると、春乃様は偽者の正体を見たということになります。今後のことを考慮すると、偽者を特定し学区から追放する必要があると思うのですが」

「そこまでしないとダメですか?」

「当たり前だろ! 偽者のやってきたことを考えればだな……」

「小鬼田さん、今は私が春乃様と話しているのです」

 

 普段よりも厳しい口調に、不承ながらも函辺が引き下がった。

 

「とは言え、私の意見は小鬼田さんと一緒です」

「あの、偽者が今後絶対に現れないとしてもですか?」

「百パーセントの確証がありますか?」

「あります。もう二度と偽者は現れません」

 

 言い切る春乃に、凛華は意外にもあっさりと頷いた。

 

「解りました。春乃様が仰られるのですから、そうなのでしょう」

「そんなんでいいのかよ」

 

 あまりにあっさりとした決着に、函辺は驚きを隠せない。

 

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